第三話 文字通りのネズミ算式
レオパール改めレオとして生きることを決めた赤子は、自分と母、そして乳母の命を守る為の策を練り始める。
――さて、先ずは、手下を増やすとするか。
レオは部屋に誰もいないことを確認すると、体の中の魔力を巡らせ始める。
それは、指先や足先と言った末端まで隅々に行き渡り、レオの体をほんのりと光らせた。
――ほうほう、これは、なかなか。
新しい体は、以前と変わらず相当量の魔力を持っているようだった。
漲る力に、レオはニンマリと笑う。
――なら、早々、やってみるか。
レオは、まだ喃語すら言えぬ口の代わりに、人差し指を突き出してクルクルと空中に何かを描き始めた。
それは、ある動物を呼び寄せる呪文印。
――まぁまぁ上手く書けたが、効果のほどはどうだかな?
レオが心配するまでもなく、壁に開いた穴からチョコンと何かが顔を覗かせた。
それは、灰色ネズミ。
チョロチョロとレオが寝るベビーベッドの足を上り、直ぐ頭元までやってきた。
――いい子だ、じっとしてろよ。
レオは、人差し指に魔力をためると、ネズミの眉間に判を押すように魔力を流した。
「ちゅぅ」
一鳴きしたネズミは、来た道を戻って行く。レオが小さな手下に与えた指令は偵察。
その数は、今の一匹を中心に、文字通りネズミ算式に増えていくだろう。
レオが前世で盗みを百発百中成功させていたのは、こうした情報収集が得意だからだ。
獲物がどこにあり、見張りが何人おり、どのタイミングで警備が交代されるのか等、相手が秘密にしたいことが筒抜けになっている時点で、レオが負けるはずなかった。
こうして無数の手下を増産した次の手は、自分の右腕となる有望な存在を呼び出すことだ。
――アイツなら、どうせ暇だろう。
前世、レオが女王様と呼ばれる切っ掛けを作ったソイツは、人間でも獣人でもない。
彼は、レオの契約精霊ノーム。
土をつかさどる神に近い存在は、白いひげをたくわえた老人の姿をしている。
ただ、面倒くさがりで口の悪いのが玉に瑕。
赤ん坊姿のレオを見れば、茶化すであろうことは火を見るより明らかだった。
しかし、今は選んでいる余裕もなければ、手段もコレしか残されていない。
――それに、あの時の借りも返してもらわないと。
パオンの夢を叶えるために鞭を用意したのはノームだし、それをレオに持たせたのもノームだ。
アレが切っ掛けとなって女王様まで押し付けられたレオの恨みは海峡より深い。
それに、ノームは精霊。
殺しても死なない存在だ。
ならば、今生では馬車馬のように働いてもらえばいいとレオは意地の悪い笑みを浮かべる。
ただ、普通の人間なら、六歳の時に教会で洗礼を受けてからでなければ、精霊とは契約できない。
今から悠長に六年も待っていたら、その前に死ぬ可能性の方が高いだろう。
ここにきて、前世で結んだ契約がやっと生きてくる。
魂と魂を繋げた永久契約を結ぶ二人には、輪廻転生など関係ない。
どんな形になろうとも、相方の呼び出しには無条件で答えなければならないのだ。
――いでよ、ノーム。てか、さっさと出てこいノームじぃ。
心の中でレオが呼びかけると、部屋の真ん中にドアが現れた。この世界とは別の空間にある精霊界とを繋ぐ扉だ。
きぃ~~~~
蔦が覆う古めかしい木製の扉は、軋んだ音を立てながらゆっくりと開いた。そして、握りこぶし一個分くらいの隙間から、皴だらけの顔が覗いている。
「面倒くさいのぉ」
数百年ぶりに他の世界に呼び出され、ノームは顔をしかめていた。
なにせ、彼を呼べるのは、この世に一人しかいないのだ。
「まぁ~た、お前に呼び出されるとは、なんの苦行じゃ」
レオは、前世では獣人としての長寿を全うし、多くの子供と孫に囲まれて老衰で死んだ。
御年百八十歳。
人族よりは、かなり長生きだ。
それだけ長い時間好き勝手に生きた女を、まるで早世する悲劇のヒロインのように送る家族に、ノームは白けた顔をして壁際に立っていた。
そして、レオパールという女が息を引き取った時、一抹の寂しさを感じつつもホッと胸を撫でおろして精霊界に帰ったのだ。
「獣人は、下手に長生きじゃから、付き合うのも楽じゃないんじゃぞ。その辺、分かっておるのか?」
ベビーベッドに横たわるレオを腕組みした状態で見下ろすノームは、口では悪態をつきまくっているが、その目は懐かしそうに細められていた。
――そろそろ退屈していたころだろ?
「別に退屈などしておらん。ワシは、美女に囲まれてウハウハだっだのじゃ」
――その美女も、数千年生きてる老婆だろうに。
「見た目は、ピチピチじゃで、触り心地は最高じゃぞ」
赤子に向かってエロじじい全開のノームは、どれだけ時間を経ても、全く変わっていなかった。




