第二十七話 皆、私の後ろへ
「きゃ~~~~」
甲高い女の悲鳴がホール内に響くと、それを切っ掛けにして上品ぶっていた人間達が本性を現した。
「どけ!」
我先に逃げ出そうとした紳士が、パニエで広がったスカートを持て余す淑女を突き飛ばし床に転がした。
地面に這いつくばるという屈辱を与えられた女は、逃げていく男の後姿を睨んでいる。
しかし、その目の前にチューチューと鳴き声を上げて小さな灰色の動物が横切ると、慌てて立ち上がって、
「誰か、わたくしを助けなさい!」
と叫んだ。
彼女は、この国でも力を持つ公爵の夫人であり、普段なら誰もが我先にと駆け寄ったことだろう。
それなのに、この日に限っては、そうはならなかった。
「いや~~~」
別の女性が、さっきの悲鳴以上の大声で叫んだからだ。
なんと、頭の上にネズミが駆けあがり、それを狙った猫が、彼女の胸元に飛び掛かったのだ。
バリッ
絹で出来た上質なドレスは、猫の爪で呆気なく切り裂かれる。
コルセットのお陰で裸体を晒すことは無かったが、公共の面前で醜態を晒したことに違いはない。
胸元を両手で覆ってしゃがみ込んだ彼女は、声を上げて泣き出した。
「ほら、レオちゃん、今だよ」
プラタがレオのドレスを引っ張り、迎賓館の入口の方へと移動していく。
そこを守っていたはずのルーゲンが、ネズミ退治に乗り出したからだ。
ネズミ達は、彼が振る剣を絶妙なタイミングで避けて、クロスの掛かったテーブルの下へと逃げ込んでいく。
「くそっ!」
ルーゲンが真っ白な布を引っ張ると、上に置かれていた食事や皿が、ガチャンと大きな音を立てて床に落ちた。
割れた白い皿は更に逃げ惑う人々の足元をおぼつかなくし、誰もが下ばかり見るようになる。
レオは、そんな人々の間を縫って、当初の目的であった場所へと体を滑り込ませた。
パタン
分厚い木の扉なドアを閉めると、外の音が遮断された。
窓にも消音の工夫がなされているらしい。
「逆に静かすぎて、気味が悪いな」
レオの意見に、プラタも頷く。
天井から吊り下げられたシャンデリアは、豪華な割に薄暗い。
もっと華やかな場所をイメージしていただけに、二人は、逆に警戒心を募らせる。
「まさか、わざと侵入を許したとか?」
プラタの呟きに、レオは嫌な胸騒ぎを覚える。
しかし、ここまできて帰るわけにもいかない。
害獣駆除で数を相当数減らされたネズミだが、まだ、片手で数えるくらいは生きている。
今、外で走り回っているものを除けると、手元に居る手駒は一匹。
レオは、そいつを床に放つと、柱の陰に潜んだ。
「レオちゃん、どう?」
「少しは、黙ってろ」
ソワソワするプラタを睨みつけ、レオは意識をネズミと繋げる。
脳裏に浮かんだのは、天井裏の埃っぽい情景。
どうやら、ネズミは、上から各部屋を覗いて回るようだ。
そして、薄っすらと光が漏れる場所を見つけると、そこの向かって走った。
天井板の隙間から下を覗くと、そこには一人の金ピカ衣装を着た異国の男と、複数名の名持ち娼婦がいた。
「皆、私の後ろへ」
仲間の娼婦を守るように両手を広げているのは、ソレイユだ。
ジャラジャラと嫌な金属音がしているのは、彼女達の足に鎖が巻かれているからだ。
逃げないようにする為の物なのだろうが、プラタの時と言い、フェルメ王国は人間を拘束するのを好む様だ。
「おいおい、私が悪者のような言動は慎んでもらろう。お前達は、国王から私に贈られた貢物なのだから」
現在戦況の思わしくないフェルメ王国は、単一国家だけの戦いに無理があることを学んだらしい。
それに、同盟を組むことで、他国を挟み撃ちに出来る利点もある。
今回カウケマール王が目を付けたのは、大海へと繋がる港を持つ貿易大国だ。
物資も豊富で多くの奴隷も有している。
今回話し合いに来たのは、その国の王太子。
彼のご機嫌を取る為に、娼婦の犠牲などカウケマール王にとっては取るに足らないもののようだった。




