第二十六話 何を言うの?頭が良いって言ってくれる?
「お戯れを」
突然名前を褒められたレオは、そう言いながら後退りした。
変にルーゲンに目を付けられる前に、なるべく早く離れた方が良い。
ジリジリと後ろに下がるレオの姿は、他人から見ればおびえているように見えたのだろう。
ルーゲンは慌てて手を離し、勢いよく頭を下げた。
普段の雰囲気とは違い、女性慣れしていない若者らしい純粋な反応だった。
「失礼しました。貴女の目が、知人に似ていたもので」
その言葉に、レオは青くなる。
闇夜で金色に輝いてしまう瞳には、常日頃から色を変える魔法を掛けていた。
その色は、茶色。
実の父パンテーラから受け継いだ髪の毛の色と合わせての事だった。
しかし、今回変装をするにあたり、レオの髪色はダークブロンドになっていた。
何故なら、それしかカツラがなかったからだ。
茶色と金髪の間のような色合いだけに、わざわざ目の色まで変える必要はないと高を括っていた。
――まさか、知人って俺じゃないよな?
レオの背中に、嫌な汗が流れた。
今後も嫌でも会わざるを得ない相手に、一瞬たりとも気が抜けないとは、なんの拷問かと思う。
「いえ、お気になさらず」
顔全体を扇で隠したレオは、チラチラと後ろを振り返ってプラタを探した。
すると、すぐ後ろまで来ていた彼が、視界に入る。
――遅いんだよ、馬鹿!
悪態は心の中にとどめ、レオは、両腕を広げて近づいてきたプラタに大人しく抱きしめられた。
普段なら突き飛ばすところだが、危機に瀕していたレオは、プラタの腕の温かさにホッと息を吐く。
「まぁ、ここに居たの?探したわ」
女より女らしいプラタは、無邪気を装って自然にレオに話しかけてきた。
それに合わせて、レオも一生懸命令嬢を演じる。
「ご、ごめんなさい。少し、お腹が痛くて」
「それは大変。では、素敵な殿方、残念ですけど失礼いたしますわ」
プラタはレオを抱きしめたまま、踊るような足取りでルーゲンの前から立ち去る。
トイレに向かって歩く間、プラタはレオを揶揄うように、
「レオちゃん、珍しくヘマをしたわね」
と言った。
それにムッとしたレオは、口を尖らせて不貞腐れる。
「お前が、ちゃんと付いて来てないからだろ」
「あら、全部私のせいにするの?」
「その気持ち悪い喋り方止めろ」
「ふふふ、この格好をしているのですもの。ちゃんとTPOをわきまえているのよ」
レオが何を言おうと気にも留めないプラタは、途中、グラスにワインを載せて立つボーイから、一杯拝借して、
ゴクゴクゴク
と、まるで水のように一気に飲み干した。
「酔っぱらうなよ」
「私にとって、お酒は命の水よ。これくらい、なんともないわ」
空になったグラスを盆の上に戻すと、プラタは物陰へとレオを連れていく。
「あの男、レオちゃんの知り合い?本当に、邪魔ね」
プラタが言うように、迎賓館の入り口前に仁王立ちするルーゲンは、動く気配がない。
腰に携えた刀は、侵入者を一刀両断にすることだろう。
「アイツが動くように、別の場所で騒動が起きればいいんだが」
「あら、それなら、私たち二人の力を合わせれば良いんじゃなくて?」
パチリとウィンクをするプラタに、レオは首を傾げた。
言っている意味が分からなかったのだ。
「ほら、この華やかな晩餐会でネズミと猫の追いかけっこが始まったら、楽しそうじゃない?」
「あぁ……」
二人がそれぞれ使役するものを、ここに放とうという事らしい。
確かに、全てが完璧に整えられたホールで、疫病をバラ撒くかもしれないネズミと、それを追う猫が走り回れば、上品なお貴族様達はパニックになるだろう。
「やり方がえげつないな」
「何を言うの?頭が良いって言ってくれる?」
プラタはニンマリと微笑んだ。その顔は、決してご令嬢などではなく、腹黒さを全開に出した魔王の様だった。




