第二十三話 お前ら、デキてんのかよ
レオは、ルーゲンの表情に驚いた。
ずっと馬鹿にされていたと思っていたが、どうやら違っていたようだ。
よく考えれば、カルネとルーゲンが交代して以降、元幼児組のメンバーは一人も欠けていない。
それは、監視者であったルーゲンが、不用意に弟王子を虐げなかったからだ。
決して手を緩めるわけではなかったが、かといって過剰に酷使するわけでもない。
絶妙な力加減で締め付け、超えられない試練は与えなかった。
これが意味するところは、彼がレオ達と敵対することを望んでいないという事だ。
味方に引き入れたいのか、それとも油断させて寝首を掻こうとしているのかは分からないが、これはフェルメ王国では特殊なことだった。
「ざけんな!お前ら、デキてんのかよ!」
「キッモ。そう言う事は、他所でやれ!二人纏めて、懲罰だろう!」
競う事を生まれながらに課せられた王子達が、共闘することをカウケマール王は何よりも嫌った。
何故なら、自分に楯突く巨大勢力を生み出すきっかけになるからだ。
――ふざけんな。俺は、コイツとは無関係だ。
ルーゲンが自分の事をどう思っているかなど関係ない。
勝手に手数に入れられるなど、レオにとっては我慢ならない。
足を掴まれたまま、レオは体を大きく揺らした。
その反動でルーゲンの手が緩み彼女の体は空中へと投げ出される。
それと同時に、
ヒュン
レオが懐から何かを取り出して投げつけた。
それは、闘技場へ出てくる前にハンカチで包んだ砂だった。
細かな粒子が空中に舞ってルーゲンの目を襲う。
それを体を後ろに反らせて避けたルーゲンは、咄嗟に回し蹴りを繰り出していた。
体が無意識に反応したと言って良い。
その長くて太い右足が、見事レオの脇腹に入った。
ドン
鈍い音と共に、レオは吹っ飛び壁に激突する。
頭を打ったらしく、うつ伏せに倒れた彼女の後頭部からは血が流れていた。
「レオ!」
思わず叫んだラットの声は、歓声に搔き消されて他の者の耳には入らなかった。
そして、今にも飛び出そうとする巨体を、仲間が必死で抑えている。
「止めろ、ラット」
「今出たら、レオの苦労が水の泡だ」
ラットは、耳元でささやかれる声が正しいと分かっていた。
それでも、地面に倒れ込んだままのレオを放置する事など出来ない。
仲間の手を振り払い、一歩踏み出そうとしたとき、別の男が動いた。
それは、対戦相手のルーゲンだった。力なく横たわるレオを横抱きにすると、そのまま闘技場を後にする。
誰もが、それを止めることが出来ずに見送ってしまった。
「やっぱ、アイツらデキてんだろ?」
「いや、それなら、あそこまで思い切り蹴らないだろう」
「確かに、内臓が破裂しててもおかしくない攻撃だったな。しかも、あれ、頭がい骨骨折だろ」
口々に勝手なことを言う兄王子達と、心配そうに見送る弟王子達。
そろそろ、この王位継承争いに動きが見え始める時期となったようだ。
その頃、一瞬気を失っていたレオは、自分がお姫様のように抱き上げられ、何処かに運ばれていることに気付いた。
瞼を開ければ、目の前にルーゲンが居た。
「降ろせ」
「医務室に運ぶ」
「大きなお世話だ」
レオは、猫のように柔らかく体を動かすと、ルーゲンの腕の中からスルリと抜け出した。
そして、地面に蹲ると、痛む腹と頭を押さえる。
「思い切りやりやがって」
「それは、お前が先に砂を投げたからだ」
「はっ、最初から一発殴ってくれてたら、こんな大事にならなかったのにな」
レオは、ヨロヨロと立ち上がると、自分の足で元来た道を戻っていく。
「手当てをした方が良い」
「これくらい、今までだって唾を付ければ治っていた」
ノームの加護で、骨折だろうが、靭帯損傷だろうが一晩寝れば治ってしまう。
ただ、痛みだけは和らげることが出来ない。強烈な痛み止めも効かず、体を丸めて耐えるしかなかった。
――今晩も、眠れそうにないな。
ウンザリとした気分で去っていくレオの背中を、ルーゲンは、何故か泣きそうな顔で見送っていた。




