第十三話 義賊ファイ
レオは、時々深夜に後宮を抜けてはフルーレの町を探索する。
別に世直しなどと言うカッコいいことは言わないが、前世を思い出して、悪さをする商人達から金をくすねては貧乏人にばら撒いたりした。
こんなことくらいで、人々の暮らしが楽にならないことも知っている。
それでも、ほんの一時息が付ける金は、恵まれた者にとっては慈雨に等しいものだった。
金貨と一緒に残される印は、円形の直径を表すファイと言う記号に似ていたことから、貧民街の人々は義賊ファイと呼んでいる。
しかし残念ながら、レオが考えた記号の意味は、そんなに高尚なものではない。数字の8を横にして、それを真ん中で断ち切るように縦棒を一本加えたもの。
第十八王子である自分を表すものだった。
微妙に自己顕示欲が強くて、癖も強い。
そんな中二病を拗らせたようなレオがソレイユを助けたのも、たまたま商家へ忍び込もうと暗い道を選んで歩いている時だった。
しかし、レオも、こんな風に、ずっと会う仲になろうなどと思っていなかった。
後宮ではめったに食べられない甘味に釣られてしまった彼女は、ついつい口寂しくなると、ここへ足が向いてしまうのだ。
娼館の女将も、まだまだ幼さが残るレオを特に危険視することもなく、ソレイユが弟だと言い張るものだから渋々中に入れてくれる。
そして今日もソレイユは、地元に置いてきた本当の弟を可愛がるようにレオに愛情を注ぐのだ。
この日もレオは部屋においてあった砂糖菓子の箱に手を突っ込むとボリボリと上手そうと食べていた。
目が飛び出るほど高い物らしいが、客がくれた甘味がレオを釣る餌のような状態になっていた。
「今日のは、特に美味しい」
「それは、良かったわ」
二人にとっても心地よい時間が流れる中、ふとレオが顔を上げる。
その直後、外から何やら言い争う声が聞こえ、子供の耳をつんざくような泣き声が響いた。
「お許しを、お許しを」
どうやら酔っ払いに絡まれた大道芸の子供達が、暴力を振るわれているようだ。
この街では珍しいことではないが、レオは、こういった件には必ずと言っていいほど首を突っ込む。
「レオ、止めなさい」
「姉さんには迷惑かけないから」
レオが帽子を裏返すと、茶色の格子模様が黒一色に変わった。
そして黒のジャケットを羽織るとポケットから黒のハンカチを出して顔を隠す。
その後先程食べていた砂糖菓子の袋を腰につけ、窓を開けるとスルスルと雨樋を伝って屋上へと登った。
騒ぎはどんどん大きくなっているようで、野次馬達が殴られる子供を囲んで囃し立てている。
レオは思い切り息を吸い込むと、右手で空中に魔法の陣を描き叫んだ。
青白く輝く文様がフワフワと浮かび、そこに向かって言葉を発すると、一気に野太い男の声が辺りに広がる。
今の世の中で、魔法はレオの母国が滅亡した時に、ほぼ消えてしまっている。
しかも、拡声と変声の同時発動など、その道を知る者が見れば、それこそ神の偉業だ。
「やぁやぁ皆様御覧じろ!ここにあるのは一粒食べれば余命が十年延びると言われる妙薬!今宵は神の子が皆様に天からの授け物をお分けしよう!」
その声音には、不思議な力があった。
下に居る烏合の衆が全員揃って空を見上げると、正しく天からの光の粒が落ちてくる。
そして、運よく掴んだ者が叫んだ。
「こりゃ、真珠だ!」
純白の砂糖を極限まで丸く固めた干菓子は、一見真珠のような輝きを放っていた。
万国で真珠は貴重で粉にして飲めば神薬になるとも言われている。
「ワシのじゃ!」
「いやよ、私のよ!」
先程まで子供を虐げることに夢中になっていた大人達が、我先に干菓子に飛びつき殴り合いを始める。
大道芸を披露していた子供は二人。
姉が笛を吹き、弟がアクロバティックな技を見せていた。
両親に捨てられ、怪しい人買いに連れられてこの街に来て以来、稼ぎはすべて奪われてゴミのようなご飯を食べさせられてきた。
今日で、もう死ぬんだと覚悟を決めた二人の前に、黒尽くめの少年が現れる。
「行くぞ」
腕をつかまれ、姉弟は走り出した。
逃げないように自分達を見張っていた人買いの男も、地面に顔を付けて必死に何かを探している。
もう、選択肢は一つしかない。
二人は、少年と一緒に暗闇へと走り込んで行った。




