第十二話 花の都フルーレ
食事の割り当ても実力主義の後宮内では、子供のランニングの順位で母親の食事量も決まる。
最下位になれば、ほぼ水しか口にできる者はなく、ますます体は弱るしかない。
常に真ん中あたりをキープするレオは、多くもないが少なくもない食事を手に入れることに成功していた。
しかし、彼女は、時々食料を調達するために厨房へ盗みに入った。
気配を消すことと足音を潜ませることには天性の勘がある。
魔法など使わなくても、その辺の厨房で働く者たちなど軽く躱せるのだが、一応念のために認識疎外の魔法も掛けておく。
盗む量は、決してバレないように調整し、そして、得た食料は見込みのありそうな幼い王子達に恵んでやる。
それは、今後この後宮での勢力図を自分に傾けるための下準備だ。
彼らは決して劣るから競争に負けているのではない。
単に、年齢が下だから負けているのだ。
筋肉の付き具合や、目つきの鋭さ。
肝っ玉の太さに、頭の回転の速さ。
様々な視点から選りすぐった王子は、現在十代以下の王子の内、四人がレオの手下になっている。
いわば、彼らにとってレオは命を繋いでくれた恩人だ。
生半可なことでは、裏切ることはない。
現在、レオが仲間と呼べるのは、この幼い弟達とラットを中心とした同世代の王子達だ。
ただ、この国を覆すには人は足りず、このままでは、自分達の命を長らえるだけで精いっぱいだろう。
もっと人を集め、国を動かす力を持たなければ擦り減らされて、戦力として戦地へ送り出されるだけだ。
――でも、最後に国を動かすのは王宮じゃない。
そう。レオは、後宮の外へも勢力を伸ばすことを怠っていなかった。
「花の都フルール」
そう呼ばれる場所は、花咲き誇る美しい街ではない。
フェルメ王国内にある世界でも有数の歓楽街であり、無法地帯。
ここで食べられない美食はなく、『花』と呼ばれる女達が夜毎開かれる宴に色を添えていた。
中でも『名あり』と呼ばれる『花』は、幾ら金を積んでも本人が納得しなければ顔さえ見せてもらえない。
見目麗しいことは勿論のこと、舞踏や歌や教養を売りにし、生半可なことでは身を許さぬ存在。
逆に言えば、彼女達が認めれば一端の人間と周りからも見られるとあり、全国から貯めた金を懐に入れて多くの男が花の都を目指すのだ。
そんな『名あり花』の中でも人情味があふれる売れっ子『ソレイユ(ヒマワリ)』は、自身の控室をバンと開けると中に居た少年に怒鳴った。
「ちょっと、レオ!貴方、来たなら一番に声を掛けなさいと言ったでしょ!」
「女将さんが姉さんは仕事中だって」
「そんなの放ってくるわよ!」
「だから、言わないんだ。少しは、冷静になって」
十三歳になったレオは、ハンティング帽のツバで顔を隠しながら口を尖らせた。
服装は、この辺に住む孤児の子供のように粗末なシャツとズボンだが、所作に隠しきれない気品が漂っている。ソレイユは、どこかの貴族が愛人に産ませた子供だろうと思っていた。
ソレイユとレオンと出会ったのは、数年前に夜道で彼女が物取りに襲われそうになった時だった。
今よりもっと小柄だったレオが突然暗闇から現れて、強盗犯の脛を蹴飛ばしたかと思うとソレイユの手を握って走り出したのだ。
そこからは、どこをどう走ったのか分からない。
気づけば娼館の前まで戻っていた。
「お姉さん、気をつけて」
特に謝礼を要求することもなく立ち去ろうとするレオの腕を、今度はソレイユが掴んだ。
「助けてもらって御礼もできないような女にしないでもらえるかしら?」
「じゃ、お菓子をくれる?」
強盗犯を足蹴にできる度胸がある子供が、頬を緩ませて口にする『お菓子』という単語にソレイユも頬を緩ませる。
「そんなもんでいいのかい?」
「できたら、うんと甘いのが良い」
微笑んだレオは、年相応の幼さが垣間見えた。
その日以来、少年は時々ソレイユの控室を訪ねるようになった。




