第十一話 まるで獲物を狙うライオン
いきなり後方から突進してきた巨体が先頭を取ると、監視員達にもどよめきが起きた。
毎日繰り返される訓練の中で、側妃の子供が一位を取ったのは初めてだったからだ。
背中に書かれた番号を確認すれば、二十一番。
彼の母親の母国は、カウケマール王が別の国を狙って進軍していた際、その進路上にあったというだけで滅ぼされた小国だ。
今では名前を憶えている者すらおらず、完全に存在を歴史から消されてしまった民族。
それ故に、その民族性や身体能力に関しては何も情報が残っていない。
「名前は?」
「ライオネスとなっていますが、周りの者は、ラットと呼んでいるようです」
「ラット(ねずみ)。あれのどこがネズミなんだ。まるで獲物を狙うライオンだろう」
伸ばし放題の髪は、焦げ茶の混じった金色。正しく獅子の鬣のような貫禄で、風に靡かせて走る姿は神々しさすらある。
子供の頃トレードマークだった出っ歯も、乳歯の生え変わりで今では猛獣の牙のように見えた。
盛り上がる筋肉は、ただ無暗に力む兄王子達とは違い、しなやかに躍動する。
誰もが目を奪われる光景に、監視員達の目はくぎ付けになった。
しかし、注目を集めたのも一瞬の事で、その少年はズルズルと後方へ下がり群衆に飲み込まれていく。
「なんだ、目立とうとして瞬間的にスピードを上げただけか」
監視員達は馬鹿にしたように笑い、そして彼の名前を忘れた。
しかし、本当の目的を果たしたラットは満足げな笑みを浮かべている。
何故なら全体的なスピードが先程の行為で一気に上がったからだ。
そして、レオをリーダーとする元幼少組のメンバーは、代わる代わるスピードを上げては下がるを繰り返した。
自分達は体力を温存させながら、先頭集団の王子達を真綿で首を絞めるように苦しめる。
無駄に速められたランニングスピードは暫くの間続いたが、最後には耐え切れなくて一人、また一人と脱落していった。
気づけば走るスピードは驚くほど遅くなり、一番後ろを走っていたはずの小さな少年が、地面に転がる体の大きな王子を抜いた。順位に沿って食事量を増やしてもらえるシステムな為、今日の晩御飯はきっと豪華なものになるだろう。
――実力もないのに格好を付けようとするから、馬鹿を見るんだ。
レオは、地面に倒れる王子を器用に蹴飛ばしながら横を通り過ぎていった。そして、リーダーを見習い、ラット達もガツガツとつま先で兄王子を踏みつけていく。
しかし、力加減を間違って、
ゴキッ
と相手の骨を折る音があちらこちらから聞こえた。
――お前ら、やり過ぎだ。
諫めるような視線を向けても、仲間は、まるで褒められたような嬉しげな笑顔を返してくる。
「はぁ」
レオは、彼らに対してこれ見よがしな溜息をついみせた。
こういったことは日常茶飯事で、レオも抑えるのに苦労している。
彼らは、幼い頃から自分を守り続けてくれたレオへの忠誠心が、変な方に捻じ曲がっていた。
もはや、盲目的で神格化すらしている節もある。
ただ、彼らにすれば、最初にやり出したのはレオだ。
真似た自分達が怒られるなど、一ミリも思っていない。
そして、今日の一位は、やはりと言うべきか、この国の第三王子ルーゲンだった。
他人のペースに惑わされず、淡々と自分の速度を守り続けた事が勝因だろう。
そんな彼が、去り際にレオに視線を向けてきた。
目元に皴が寄っているのは、レオを馬鹿にしているからなのか、それとも、今日の出来事の主犯を見つけているぞという警告なのか。
――ったく、本当に嫌な奴だ。
フェルメ王国の王子らしからぬルーゲンは、第五王子カルネが排除されて以来、レオ達の年代を監視する人間だった。
最近でこそ彼が一緒に競う側に落ちてきたことで同じ立場になったが、それまでは常に上から下を見下ろす側だったのだ。
最初は目立たぬよう立ち居振る舞っていた彼だが、カルネを排除した一件から表舞台で華々しい活躍をし続けている。
現在王位継承権争いの上位に居るルーゲンからは、自信が溢れ出ていた。
そんな彼の目に、レオは、どう映っているのだろうか?




