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ひとのぬくもり

 おばちゃんに案内されるまま、私たちは街の中を歩いていく。

 しばらくすると、少し古びた一軒の家が見えてきた。


「ここが私の家だよ」


「……ここ、ですか?」


「娘2人と3人暮らしさ。2人くらいなら増えても問題ない」


 おばちゃんはそう言って、柔らかな笑みを浮かべながら扉を開ける。

 中へ入ると、そこには質素ながらも綺麗に整えられた部屋が広がっていた。


 暖かな灯り。

 木製の机と椅子。

 壁にはいくつかの食器が並べられている。


 決して裕福な家ではない。

 それでも、不思議と落ち着く場所だった。


「ほら、上がりな」


「……失礼します」


 靴を脱ぎ、家の中へ入る。

 その瞬間、ふわりと料理の匂いが鼻をくすぐった。


「お腹空いてるだろ?」


「え?」


「大したものじゃないけど、夕飯くらい出してやるよ」


「い、いえ! そこまでしていただくわけには――」


「遠慮するんじゃないよ」


 おばちゃんは笑いながら、私の言葉を遮った。


「困ってる時は、お互い様さ」


「…………」


 私は思わず黙り込んだ。


 お互い様。


 その言葉は、私にはあまりにも遠いものだった。

 私はヴィルディア家の令嬢。

 欲しいものがあれば用意され、困ったことがあれば誰かが解決してくれる。

 誰かに助けてもらうことはあっても、自分から誰かに頼ることなんて、ほとんどなかった。


「すごく美味しそう!」


 隣にいた妹さんが、嬉しそうにおばちゃんへ笑いかける。


「そうだろ? あんたも遠慮せずに食べな」


「うん!」


 妹さんは元気よく頷いた。

 その様子を見て、おばちゃんもまた嬉しそうに目を細める。


「ほら、座ってな」


「……はい」


 おばちゃんは手際よく料理を並べていく。


 温かいスープ。

 焼いたパン。

 簡単な野菜料理。


 どれも特別な料理ではない。

 けれど、湯気の立つ料理を前にしていると、張り詰めていたものが少しずつ解けていくような気がした。


「ほら、熱いうちに食べな」


「……いただきます」


 一口食べる。


「……美味しい」


 思わず、声が漏れた。


「そうかい?」


 おばちゃんは少し驚いたように目を見開いたあと、嬉しそうに頬を緩めた。


「それなら良かったよ」


 その笑顔を見ていると、胸の奥がじんと温かくなった。


 見返りを求めるわけでもない。

 私たちの身分を聞こうとするわけでもない。

 ただ、困っているから助ける。


 それだけ。


「……どうして」


「ん?」


「どうして、ここまでしてくれるんですか?」


 おばちゃんは少し考えるように眉を下げると、それから穏やかな笑みを浮かべた。


「昔、私も誰かに助けてもらったことがあるからね」


「…………」


「だから今度は、私が誰かを助ける番なのさ」


 胸の奥が、また熱くなった。

 私は俯き、スープの入った器を見つめる。

 敵国。

 ずっとそう思っていた。

 この国の人間は危険だと。敵国の人間なんて、信用できないと。


 けれど――。


「……変ですわね」


「何がだい?」


「敵国の人間なのに……」


 そこまで言って、私は口を閉じた。

 おばちゃんは不思議そうに私を見る。その表情には警戒心など欠片もない。


「……いえ、何でもありません」


 おばちゃんはそれ以上聞かなかった。

 ただ、安心させるように目を細めて笑った。


「にいちゃん食べ盛りなんだからたくさん食べな。明日からどうするかは、明日考えればいいんだから」


「……はい」


 私は小さく頷く。

 こんなにも誰かの優しさが身に染みるのは、いつ以来だろう。


 お母様が眠りについてから、安心できる瞬間も笑える瞬間も全くなかった。

 私をたくさん愛してくれた。私にぬくもりをくれた。

 それに似た、温かくて少しくすぐったいような感覚。


 気づけば、私の口元にも小さな笑みが浮かんでいた。


「……ありがとうございます」


 今度は、心からそう言えた。

 おばちゃんは少し驚いたように目を丸くした。

 そして、すぐに柔らかな笑顔を浮かべる。


「どういたしまして」


 その笑顔を見て、私はまた少しだけ胸が温かくなった。


*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*        


 それからしばらくして、夕食を終えた私たちは、寝る準備をすることになった。


「さて、そろそろ寝る時間だね」


 おばちゃんが食器を片付けながら言う。


「二人とも、今日はこっちの部屋で寝てもらうよ」


「はい。ありがとうございます」


 私は妹さんと一緒に、おばちゃんの後をついていく。

 廊下を少し歩いたところで、一つの部屋の前で足を止めた。


「ほら、ここだよ」


 扉が開かれる。

 そこには、二人の少女がいた。


 一人はベッドの上で本を読んでいる、十歳くらいの少女。

 長い髪を指先で弄りながら、こちらをちらちらと見ている。


 もう一人は十一歳くらいだろうか。

 こちらはベッドの上で元気よく跳ねていた。跳ねるたび綺麗な短い青髪もつられるように跳ねる。


「ほら、挨拶しな」


「……こんばんは」


 十歳くらいの少女が、小さな声で頭を下げる。


「こんばんは!」


 一方、十一歳くらいの少女は満面の笑みでこちらへ駆け寄ってきた。


「今日から一緒に寝るんだよね?」


「え? そうなんですか?」


「すまんね。部屋がここくらいしかないのさ。それに、娘たちとも仲良くやってほしいからね」


 今日初めて会った人を、自分の大切な娘と同じ部屋で寝させるなんて……。それに今の私は男の子ですのに。

 それでも、少女は無邪気な笑顔を見せた。


「やった!」


 平和ボケ、ですわね。一応、戦争中の国なはずですのに。


「ねえねえ、どこから来たの?」


「ちょっと、いきなり聞きすぎだよ」


 隣の少女が小さな声で止める。礼儀がなっている少女ですわね。


「だって気になるじゃん!」


「……ごめんなさい」


 少女は姉のそんな無邪気な笑顔を見て、今度は私に向かって、申し訳なさそうに頭を下げた。


「いえ、気にしないでください」


 そう答えると、少女はほっとしたように微笑んだ。

 なんだか、対照的な二人ですわね。

 一人は元気いっぱいで、もう一人は少し人見知り。

 それでも、二人とも敵意などまったくない。


「じゃあ、今日はゆっくり休みな」


 おばちゃんはそう言って、部屋を出ていく。


「おやすみなさい」


「おやすみ!」


「……おやすみなさい」


 扉が閉まる。

 部屋に残ったのは、私たち四人。


「ねえ!」


 十一歳くらいの少女が、さっそく私たちのところへやってくる。


「明日、一緒に遊ぼうよ!」


「え?」


「街案内してあげる!」


「ちょっと、お姉ちゃん……」


 十歳くらいの少女が困ったように姉を見る。


「だって、せっかく来たんだもん!」


「……そうだけど」


 少女は恥ずかしそうにこちらを見る。


「……私も、街を見てみてたいです」


「本当ですか?」


 そんな姉妹の微笑ましいやりとりを見て、私は思わず笑みをこぼす。


「はい。明日、よろしくお願いします」


「うん!」


「……よろしく」


 二人の返事を聞きながら、私はベッドへ腰を下ろした。


 今日一日だけで、本当に色々なことがあった。

 敵国に迷い込み、泊めてもらえることになり、そして――。

 こうして、見ず知らずの人たちと一緒に眠ることになった。


 不思議なものですわね。

 本当に不思議な1日。でも、なんだが嫌ではなかった。


「……おやすみなさい」


 小さく呟いて、私は目を閉じた。

 明日は、一体どんな一日になるのだろう。

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