人間だもの
「あたしの寝床の寝心地はどうだ?」
「くさい」
「いや、寝心地を聞いたんだけど……」
「くさい、きもい、かゆい、むじゃむじゃ、きたない」
「臭いのはお前が昨日、漏らーー」
俺はなんとなく、そいつのみぞおちに拳を放つ。そう、なんとなくだ。決して、隠したいことがあるとかではないのだ。
昨日、あれから俺はこいつの家に泊まることになった。だけど来てみれば、ただの家というか建築物によくある謎空間に住んでいた。草のベッドは臭いし、てかこの家それ以外ないし。
とにかく、散々な1日だった。まあ、ある意味全く気を使わなくていい知り合いができたしいいか。
「それにしてもお前、なんか高そうな服着てんな」
女はいつの間にか俺の背後に移動していた。そのまま、何かをし始めるかと思えば、俺の服を剥ぎ取ろうと引っ張ってきた。
「お、おいッ! やめろって!」
「よこせっ」
「いやいや無理だし」
俺は腕を振り払う。それでも女はやめようとせず、再び手を伸ばしてきた。
「ここでは弱い奴は奪われるんだよ」
その言葉を聞き、俺はハッとした。確かにその通りだ。弱い奴は奪われる……そう、弱い奴がな!
俺は後ろに向かって蹴りを入れる。蹴りは綺麗に女の腹にヒットする。
「おらッ!」
「ぐへっ」
女は一瞬膝をついて悶えたが、すぐに立ち上がってきた。そのまま、俺たちは取っ組み合いになった。
「なんなんだよ、お前っ!」
「うるさいっ。ここではこれが当たり前!」
「知らねーし。お前くさいんだよ」
「うるさい漏らし女!」
「……なっ!」
こいつ……ガチで捻りつぶしたい。絶対、絶対ボコボコにしてやるぅ!
俺は無理やり腕を払い、そのまま女の顔に勢いよくパンチを放つ。
「何をしているッ!」
俺はパンチを顔面スレスレで止めた。
俺は、突然の訪問者に殺気込めた視線を向け……え、殿下!?
「お、お前は……」
殿下は驚きすぎて声が出ないといった様子で、俺をとてつもない目で見てきた。み、見せもんじゃねーぞ! って言ってる場合じゃねぇ!
どうしよう。どうやって誤魔化す。
いや、まだやりようはある。無理やり一方的に襲われたとか、変な薬を飲まされたとか……。
「隙やりッ!」
その時、顔に勢いよく拳が食い込んだ。
は?
「お、お前……ふざけんなぁぁ!!」
俺は叫んで突進し、顔を押さえつけた。
「いった!」
「そっちがいきなり殴ったんだろ!」
「よそ見してるからじゃんッ!」
「今は停戦の空気だっただろうが!」
「そんなん知らないし!」
「この……バカッアホッ!」
俺が女の肩を掴むと、女も負けじと俺の服を掴んできた。
「離せ!」
「そっちが先に離して!」
「嫌だし!」
「あたしだって嫌だし!」
互いに引っ張り合っているうちに、足がもつれる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
そのまま二人揃って横に傾き、地面に倒れ込んだ。
「痛っ!」
「いたぁ……!」
俺は足をさすりながら起き上がろうとすると、女がそれを阻止するみたいに俺の腕を掴んでくる。
「ちょ、離せって!」
「嫌!」
「なんでだよ!」
「殴ってくるじゃん!」
「先に殴ったのはそっちだろ!」
「でもお前が先に蹴った!」
「それはお前が――」
「うるさい!」
「うるさいのはそっちだ!」
俺たちは再び取っ組み合いになる。
押したり、引っ張ったり、転がったり。まるで猫のように。
もはや喧嘩というより、子供同士のしょうもない争いだった。
「髪引っ張るな!」
「そっちだって服引っ張ってる!」
「だって離さないから!」
「そっちが離せばいいでしょ!」
「なんで俺が!」
「知らない!」
「知らないってなんだよ!」
そんな俺たちの姿を、殿下はただ黙って見ていた。
「…………」
さっきまでの驚いた表情は、いつの間にか消えている。
代わりに、未知の生物を見るかのような、なんとも言えない顔になっていた。
「……何をしているんだ、お前たちは」
「こいつが悪いんです!」
「いや、こいつが悪い!」
殿下が一歩、後ずさった。
そのまま殿下は、変なものを見る目で睨み合う俺たちを見つめた。
そして、ものすごく疲れたようにため息を吐いた。
「……私は何を見せられているんだ」
「私も知りたいですよ!」
思わず叫ぶ。
するとゴミが横から口を挟んできた。
「こいつが喧嘩を売ってきたから!」
「売ってない!」
「蹴った!」
「それは……!」
「ほら!」
「いや、それはお前が!」
「はいはい、二人ともそこまでだ」
殿下が疲れ切った声で言った。
俺たちはぴたりと止まる。
「……仲がいいのか?」
「「違います!」」
また声が重なった。
殿下は何も言わなかった。
ただ、ものすごく引いた目で俺たちを見ていた。いや、もはや気持ち悪がるような目だった。
「でだな……エレノアだよな?」
「ヒェッ、ち、違うヨォ」
「いや、エレノアだろ」
くそ。流石にバレていたか。
もう終わりだ。婚約相手のお嬢様が、こんなガキみたいな喧嘩をしている姿を発見した殿下は、一体どんな気持ちだったのだろうか。とにかく、めっちゃ恥ずかしい。
やばい……泣きそう。
「ち、違うのですっ! これは正当防衛で……」
「ま、まあ、詳しい話は屋敷で聞こう。まずは落ち着いて、うちで体を洗うといい」
殿下は子供の世話をするように、優しい表情で涙目の俺を見つめた。
優しすぎる。これは、これはまずい……。忘れるな。
俺は……男だ!!
それから俺は無言で殿下に着いて行き、暴れるゴミ女は殿下に首根っこを掴まれて運ばれた。
もう、お家帰りたい。




