施しを受けておいて損はない
今の俺の目的はこの身体の持ち主の母の病気を治すことだけ。
それが終われば晴れて自由の身となり、魔法を学ぶことができる!
というか、いつまでもこの身体の持ち主って呼び方はめんどくさいな。確か、こいつはエレノア・フォン・ヴィルディア。てことで、エレノアと呼ぼう。
そしてどうやら、エレノアの母を助けるカギは戦争にあるようだ。戦争で、ある有名な回復魔術師が出払ってしまっているようで、直せないそうだ。戦争から無理やり戻せば大きな損害になる。
でも、もしエレノアが殿下と結婚し、国を発展させていくのであれば、エレノアの母はただの伯爵貴族から、国の運営に関わる重大人物となり、回復魔術師を戻さざるを得なくなる。
と、いった感じの作戦らしい。まあ、ざっくりいっただけだし、もう少し複雑だとは思うけど。
つまり、この俺様が真の力を解放し、戦争を終わらせてしまえば……なんてやりたかったところなんだけど、魔法は使えないし、まずまず俺の体じゃないし……。
「お嬢様」
「……はい」
俺は気怠げに返事を返す。もう、やる気出ないよ。
「殿下がお見えになっています」
「……殿下?!」
俺はそのくそめんどくさいニュースを聞いて、思わず声を上げた。
それに対して、使用人の人はとても落ち着いた様子で説明してくる。
「はい。本日はお嬢様とお出かけになりたいとのことで」
「…………」
俺は数秒間、黙り込んだ。
そして、睨むようにジトっとした目を使用人に向けた。
「……デート?」
「おそらく、そういうことかと」
なんなんだよ、あいつ。婚約破棄したいんじゃなかったのか?
まあでも、今の俺と殿下は一応……婚約者。そして母親を助けるためにも、殿下との結婚は必要。
そう考えれば、関係を修復するためのデートというのは理にかなっている。
理にかなっているのだが――。
「……めんどくさ」
「お嬢様?」
「いえ、何でもありません」
俺は深くため息を吐いた。
俺はただ、かっこよくて強い魔法を使って、美人で可愛い女の子にチヤホヤされたいだけなのに……。
なぜ俺は、異世界でウザめの王子とデートすることになっているんだ?
「……行きます」
「かしこまりました」
こうして俺は、望んでもいない殿下とのデートへ向かうことになった。
しかも、何事もスケール大きい異世界だし……急に乳揉まれたりしないよな?
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「……敵国」
その言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
さっきまで、ようやく街を見つけたと喜んでいたというのに。
まさか、そこが戦争中の敵国だったなんて。
「お兄ちゃん?」
「……大丈夫です」
そう答えたものの、自分でも声が震えているのが分かった。
周囲にはたくさんの人がいる。
商人が荷物を運び、子供たちが走り回り、店からは楽しそうな声まで聞こえてくる。とても戦争中の国には見えない。
でも、大丈夫。今の私は私じゃない。この身体の持ち主にとって、この国は敵国ではないのだ。
「まずは、寝る場所を探しましょうか」
「うん!」
妹さんは特に心配した様子もなく、どこか楽しそうですらあった。
羨ましいですわ。
今日はどこかで休んで、明日どうするか考えますか。
そう決めて、私たちは街の中を歩き始めた。
宿屋らしき看板を探しながら歩いていると、やがて一軒の小さな宿を見つけた。
「ありましたわ」
私たちは店へ入った。
受付にいた男性に料金を聞いてみる。
「2人で一泊なら、銀貨1枚だな」
「銀貨……」
私は懐を探った。
いや、持っているわけがない。そもそも、私の身体ではないのだから。
妹さんも自分の服を探っている。やはり何も見つからない……と思ったら妹さんがポッケから何かを出した。
「ここって、POYPOY使えますか?」
虹色に光る金属の板のようなものを、妹さんは男性に見せた。
その男性も困ったような顔をした。
「はぁ? 何言ってんだお前?」
「あれぇ? ここ本当にどこの国なの……」
妹さんはなぜか不思議そうにしながら、諦めて店を出る。
この人たちは、一体どこの国から来たのでしょうか。今の板といい、特殊な格好といい、ここら辺の国ではないようですわね。
「どうしようね……」
「……はい」
日は落ちるばかり。
敵国に迷い込んだ上に、寝る場所すらない。私は地位がないと何にもできない、ただの最低女ですわ……。
せめて、妹さんだけでも宿に泊めてあげれれば……。
「お困りかい?」
「え?」
そんな時、突然後ろから声を掛けられた。
振り返ると、そこには買い物袋を抱えた中年くらいの女性が立っていた。
「寝るとこがないんだろう?」
「……どうしてそれを?」
「そんな顔してたら、誰だって分かるさ」
女性は優しくニコニコと笑う。敵国の人間なのに、なんでか話していると落ち着く。
「うちに泊まっていきな。部屋なら余ってるからね」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
「お金は?」
「いらないよ」
「なぜ……?」
どこの誰かもわからない私たちを、理由もなく泊めてくれる?
そんな都合のいい話があるだろうか。
「ほらほらお兄ちゃん! せっかく泊めてくれるっていうんだから、甘えようよぉ!」
妹さんは全く警戒した様子もなく、私の背中を叩いた。敵国の人間の家に泊まるなど……それにこの国の人間は全員凶暴だと教えられてきましたわ。
私は警戒を解かず、鋭く女性を睨んだ。
「……何か、条件があるんですか?」
女性は一瞬きょとんとした顔をした。
「条件?」
「はい。どうして私たちを泊めてくれるんですか?」
女性は少し考えるように首を傾げ、それから困ったように笑った。
「困ってる子を放っておけないだけさ」
「…………」
ますます怪しい。相手は敵国の人間ですわ。そんなに親切な人間がいるのかしら?
それに仮に優しい人だったとして、ヴィルディア家の人間として敵国の人間に施しを受けるなど……。
「お兄ちゃんッ」
すると、妹さんが私の前にぐっと顔を近づけ、むっとした目で見てきた。
「そろそろ私も怒るよ! いつも、優しさは絶対無碍にするなって、お兄ちゃん言ってるじゃん!」
その時私はハッとした。
そうだ。私は今、エレノア・フォン・ヴィルディアではない。ただの、この小さな少女のお兄ちゃんだ。
プライドは捨てる。ここに来た時、自分で決めたこと。
「……本当に、泊めてもらってもいいんですか?」
「ああ、うちには娘もいるからね。二人くらい増えたって大したことないさ!」
女性はそう言って、また笑った。
そのあまりにも自然で優しい笑顔に、私はもう疑おうなんて全く思えなかった。
それにつられて、思わず私まで笑みをこぼした。
「あ、ありがとうございますっ!」




