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施しを受けておいて損はない

 今の俺の目的はこの身体の持ち主の母の病気を治すことだけ。

 それが終われば晴れて自由の身となり、魔法を学ぶことができる!

 というか、いつまでもこの身体の持ち主って呼び方はめんどくさいな。確か、こいつはエレノア・フォン・ヴィルディア。てことで、エレノアと呼ぼう。

 そしてどうやら、エレノアの母を助けるカギは戦争にあるようだ。戦争で、ある有名な回復魔術師が出払ってしまっているようで、直せないそうだ。戦争から無理やり戻せば大きな損害になる。

 でも、もしエレノアが殿下と結婚し、国を発展させていくのであれば、エレノアの母はただの伯爵貴族から、国の運営に関わる重大人物となり、回復魔術師を戻さざるを得なくなる。


 と、いった感じの作戦らしい。まあ、ざっくりいっただけだし、もう少し複雑だとは思うけど。

 つまり、この俺様が真の力を解放し、戦争を終わらせてしまえば……なんてやりたかったところなんだけど、魔法は使えないし、まずまず俺の体じゃないし……。


「お嬢様」


「……はい」


 俺は気怠げに返事を返す。もう、やる気出ないよ。


「殿下がお見えになっています」


「……殿下?!」


 俺はそのくそめんどくさいニュースを聞いて、思わず声を上げた。

 それに対して、使用人の人はとても落ち着いた様子で説明してくる。


「はい。本日はお嬢様とお出かけになりたいとのことで」


「…………」


 俺は数秒間、黙り込んだ。

 そして、睨むようにジトっとした目を使用人に向けた。


「……デート?」


「おそらく、そういうことかと」


 なんなんだよ、あいつ。婚約破棄したいんじゃなかったのか?

 まあでも、今の俺と殿下は一応……婚約者。そして母親を助けるためにも、殿下との結婚は必要。

 そう考えれば、関係を修復するためのデートというのは理にかなっている。


 理にかなっているのだが――。


「……めんどくさ」


「お嬢様?」


「いえ、何でもありません」


 俺は深くため息を吐いた。


 俺はただ、かっこよくて強い魔法を使って、美人で可愛い女の子にチヤホヤされたいだけなのに……。

 なぜ俺は、異世界でウザめの王子とデートすることになっているんだ?


「……行きます」


「かしこまりました」


 こうして俺は、望んでもいない殿下とのデートへ向かうことになった。

 しかも、何事もスケール大きい異世界だし……急に乳揉まれたりしないよな?


*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*        


「……敵国」


 その言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

 さっきまで、ようやく街を見つけたと喜んでいたというのに。


 まさか、そこが戦争中の敵国だったなんて。


「お兄ちゃん?」


「……大丈夫です」


 そう答えたものの、自分でも声が震えているのが分かった。


 周囲にはたくさんの人がいる。

 商人が荷物を運び、子供たちが走り回り、店からは楽しそうな声まで聞こえてくる。とても戦争中の国には見えない。

 でも、大丈夫。今の私は私じゃない。この身体の持ち主にとって、この国は敵国ではないのだ。


「まずは、寝る場所を探しましょうか」


「うん!」


 妹さんは特に心配した様子もなく、どこか楽しそうですらあった。

 羨ましいですわ。

 今日はどこかで休んで、明日どうするか考えますか。


 そう決めて、私たちは街の中を歩き始めた。

 宿屋らしき看板を探しながら歩いていると、やがて一軒の小さな宿を見つけた。


「ありましたわ」


 私たちは店へ入った。

 受付にいた男性に料金を聞いてみる。


「2人で一泊なら、銀貨1枚だな」


「銀貨……」


 私は懐を探った。

 いや、持っているわけがない。そもそも、私の身体ではないのだから。

 妹さんも自分の服を探っている。やはり何も見つからない……と思ったら妹さんがポッケから何かを出した。


「ここって、POYPOY使えますか?」


 虹色に光る金属の板のようなものを、妹さんは男性に見せた。

 その男性も困ったような顔をした。


「はぁ? 何言ってんだお前?」


「あれぇ? ここ本当にどこの国なの……」


 妹さんはなぜか不思議そうにしながら、諦めて店を出る。

 この人たちは、一体どこの国から来たのでしょうか。今の板といい、特殊な格好といい、ここら辺の国ではないようですわね。


「どうしようね……」


「……はい」


 日は落ちるばかり。

 敵国に迷い込んだ上に、寝る場所すらない。私は地位がないと何にもできない、ただの最低女ですわ……。

 せめて、妹さんだけでも宿に泊めてあげれれば……。


「お困りかい?」


「え?」


 そんな時、突然後ろから声を掛けられた。

 振り返ると、そこには買い物袋を抱えた中年くらいの女性が立っていた。


「寝るとこがないんだろう?」


「……どうしてそれを?」


「そんな顔してたら、誰だって分かるさ」


 女性は優しくニコニコと笑う。敵国の人間なのに、なんでか話していると落ち着く。


「うちに泊まっていきな。部屋なら余ってるからね」


「……え?」


 思わず聞き返してしまった。


「お金は?」


「いらないよ」


「なぜ……?」


 どこの誰かもわからない私たちを、理由もなく泊めてくれる?

 そんな都合のいい話があるだろうか。


「ほらほらお兄ちゃん! せっかく泊めてくれるっていうんだから、甘えようよぉ!」


 妹さんは全く警戒した様子もなく、私の背中を叩いた。敵国の人間の家に泊まるなど……それにこの国の人間は全員凶暴だと教えられてきましたわ。

 私は警戒を解かず、鋭く女性を睨んだ。


「……何か、条件があるんですか?」


 女性は一瞬きょとんとした顔をした。


「条件?」


「はい。どうして私たちを泊めてくれるんですか?」


 女性は少し考えるように首を傾げ、それから困ったように笑った。


「困ってる子を放っておけないだけさ」


「…………」


 ますます怪しい。相手は敵国の人間ですわ。そんなに親切な人間がいるのかしら?

 それに仮に優しい人だったとして、ヴィルディア家の人間として敵国の人間に施しを受けるなど……。


「お兄ちゃんッ」


 すると、妹さんが私の前にぐっと顔を近づけ、むっとした目で見てきた。


「そろそろ私も怒るよ! いつも、優しさは絶対無碍にするなって、お兄ちゃん言ってるじゃん!」


 その時私はハッとした。

 そうだ。私は今、エレノア・フォン・ヴィルディアではない。ただの、この小さな少女のお兄ちゃんだ。

 プライドは捨てる。ここに来た時、自分で決めたこと。


「……本当に、泊めてもらってもいいんですか?」


「ああ、うちには娘もいるからね。二人くらい増えたって大したことないさ!」


 女性はそう言って、また笑った。

 そのあまりにも自然で優しい笑顔に、私はもう疑おうなんて全く思えなかった。

 それにつられて、思わず私まで笑みをこぼした。


「あ、ありがとうございますっ!」

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