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アソコを蹴ったりするの!

 知らない人。

 ついに中身が別人であるとあかりちゃんにバレてしまった。

 あの夜、私はあかりちゃんの想いを真正面から受け止めた。


 つい最近出会ったのだ。そこまで親しいわけではない。でも、あかりちゃんは私を本気で愛してくれていた。

 知っている。愛していたのは私ではなく、あかりちゃんのお兄さんであるということは。

 それでも嬉しかったから。なんとなく、仲良くなれたと思ったから。


「……おはよう」


 あかりちゃんは少し落ち着いた様子で、布団から起き上がると私に挨拶する。

 私はただ安堵した。挨拶をしてくれたことが嬉しかった。もう、二度と口も聞いてもらえないかと、本当に心配だったから。


「お、おはようございますわ!」


 私は笑顔を作って、元気よく挨拶を返す。


「……」


 そして、沈黙。

 私は何をしたらいいのかわからなかった。謝ったって意味はないし、けれども身体から出ていく方法なんて私が知りたいくらいだ。

 そこで、あかりちゃんは深呼吸すると、目をぱちっと開ける。


「……よし」


 何かを小さく呟いたかと思うと、パンッと自分の両の頬を叩いた。


「え?」


 そして、ベッドから降りて私に近寄ってきた。

 な、なんですの? 今、自分の頬を叩いて……。


「ねえ……昨日はごめんね?」


 そして、申し訳なさそうにうるうるした瞳で私を見つめた。自然と目は上目遣いになっている。

 な、なんですのこの生物は。か、可愛すぎますわ!

 

 私があまりの可愛さに放心状態になっていると、あかりちゃんは話を続けた。


「あなただっていろいろ混乱してたんだろうし、昨日は自分のことばっかり考えてて、あなたの苦労から目を背けてしまった。ちゃんと話し合えばいいのに、勝手に怒ってごめんなさい」


 すると、あかりちゃんは顔を手で覆って泣き始める。

 それを見て、私は自分が邪なことを考えていたことを反省するのと同時に、安堵した。

 私はあかりちゃんの頭に手を置く。

 

「そんなことないですわ。あなたは何も悪くない」


 私はそう言って、あかりちゃんの頭にそっと手を置いた。そう、この子は何も悪くない。まだ子供なのに、突然お兄ちゃんの中身が別人になったら、誰だって怖いのは当たり前だ。


「……でも、私、ひどいこと言った」


 あかりちゃんは顔を覆ったまま、ぽつりと呟く。


「あなたは何もしてないのに。勝手に怒って、勝手に泣いて……」


「それくらい、お兄さんのことが大切だったのでしょう?」


「……うん」


 小さく頷いたあかりちゃんの声は、まだ少し鼻にかかっていた。昨日のような力強い声ではもうなかった。


「大好きだったから」


「……」


 その言葉を聞いて、私は何も言えなくなった。


 やはり、私ではない。


 あかりちゃんが大切にしているのは、この身体の持ち主であるお兄さんだ。私がどれだけ一緒に遊んでも、どれだけ話をしても、その事実だけは変わらない。


 それでも、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 むしろ、少しだけ嬉しかった。

 これほど誰かを大切にできるということが、羨ましいとすら思った。


「……私ね」


 あかりちゃんがゆっくりと顔を上げる。


 目元は赤く腫れていて、昨日泣き続けたせいか、いつもの元気そうな顔には少し疲れが残っている。それでも、私を見る瞳には昨日までのような警戒心はなかった。


「あなたのこと、まだよく分かんない」


「……そうでしょうね」


「だって、お兄ちゃんの身体なのに、お兄ちゃんじゃないんだもん」


「……はい」


 改めてそう言われると、胸の奥が少し痛んだ。

 けれど、あかりちゃんはそれ以上私を責めようとはしなかった。


「でも」


 あかりちゃんは少しだけ迷うように視線を落とし、それから私の顔を見る。


「昨日、一緒に遊んだのは楽しかった」


「……!」


「ご飯も、一緒に食べたし」


 その言葉に、思わず頬が緩んでしまう。


「私も、とっても楽しかったですわ」


「……そっか」


 あかりちゃんは少し照れたように笑った。

 その笑顔を見ていると、胸の奥に残っていた昨日の痛みが、少しずつ溶けていくような気がした。


「だから……」


 あかりちゃんは自分の服の裾を指先で弄りながら、少しだけ恥ずかしそうに続ける。


「これからも一緒にいようね」


「はい!」


 私は本当にその言葉が嬉しくて、思わずニッコリと笑ってしまった。

 すると、あかりちゃんが、少しだけ私のほうへ近づいてくる。


「もう一回、頭撫でて?」


 そう言って、あかりちゃんは少しだけ頭を下げた。

 私は思わず目を丸くする。


 え、いいの? ほんとに? 殴らないよね?


 そして、私は恐る恐るその頭に手を乗せた。


「……こうですの?」


「うん」


 ゆっくりと髪を撫でる。

 すると、あかりちゃんは目を細め、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……なんか、落ち着く」


「そうですの?」


「うん」


 その表情を見ていると、私まで自然と笑ってしまった。

 昨日はあんなに泣いていたのに。

 今はこうして、私に頭を撫でられている。


 そのことが、どうしようもなく嬉しかった。


「お兄さんにはよく撫でてもらっていたのですか?」


「いや、お兄ちゃんは頭あんまり撫でてくれなかった。でも、私が悲しんでるとたまにしてくれたの」


 あかりちゃんは思い出すように、少しだけ遠くを見るような目をした。


「昔はもっとしてくれたんだけどね。私が小さい頃は、よく頭撫でてくれたんだ」


「……そうなのですか」


「うん。でも私が大きくなってからは、恥ずかしいからってあんまりしてくれなくなった」


 そう言って、あかりちゃんは少し寂しそうに笑った。


「だから、たまにしてくれると嬉しかった」


「…………」


 私は何も言わず、あかりちゃんの髪を撫で続けた。


 きっと、この身体の持ち主は何度もこうして妹の頭を撫でてきたのだろう。

 私はその人のことを何も知らない。どんな性格だったのかも、どんな声で笑うのかも、あかりちゃんとどんな時間を過ごしてきたのかも。


 なのに今、その人の身体を借りて、こうして妹の頭を撫でている。

 少しだけ、不思議な気持ちになった。


「……お兄ちゃんに似てる」


「え?」


 あかりちゃんが、私の顔を見上げる。


「撫で方」


「……そうですの?」


「うん。なんとなくだけど」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が小さく跳ねた。

 でも、それと同時に、少しだけ寂しかった。


 私はお兄さんではない。

 あかりちゃんが待っているのは、私ではない。


「……なら、よかったですわ」


 私はそう言って、もう一度ゆっくりと頭を撫でた。

 今から、今から仲良くなればいいんですからね!


「どんな方だったのですか?」


 私は自分の身体に一体どんな人が入っているのか気になって、あかりちゃんに聞いてみた。

 まあ、こんな可愛くて良い子に好かれる人なら、全く心配はしていないですけれどね。

 すると、あかりちゃんは嬉しそうな表情をして自慢げに話し出した。


「えっとね。人をいじめたり、泣かせたりするのが好きでね」


「ん?」


「私を暗闇に置き去りにして反応を楽しんだり、威張ってる立場の高い悪い人とかのアソコを蹴ったりするの!」 


「んんん?」


 あ、お兄さんクズですわ……。

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