アイスを愛す
俺は踏み荒らされた花壇を見て、息を吐く。
「またかぁ……」
あの舞踏会の日から嫌がらせが増えた。
花が散らされていたり、むかつく手紙が届いたりする。前からもあったがあれからさらに増えた。
というか、おそらく同一犯によるものだろう。
なかなかの度胸ではある。
「まーたやられたのか?」
「……なんですの」
俺はめんどくさいやつに話しかけられたことに気づいた。女は片手にアイスクリーム、もう片方にフルーツジュースを持っていた。
「どうせならもう、犯人一緒に突き止めるか?」
「今、犯人候補として一番疑っているのはお前だぞ」
「えー! なんでぇ?」
この二人なら、「一番怪しい奴が捜査を提案してくる」のを利用して、軽い掛け合いから調査開始に持っていくと面白いと思う。
「えー! なんでぇ?」
女は心底不思議そうに目を丸くした。
「俺の家に住み着いてるニートだからな」
「失礼な。あたしはそんな暇じゃないぞ」
「アイス食いながら言われても説得力ないんだよ」
「これは忙しいから食べてるんだ」
「どういう理屈だよ」
女はアイスを一口食べると、満足そうに頬を緩めた。
「まあ、あたしが犯人じゃないってことは、そのうち分かるって」
「その自信はどこから来るんだ……」
「だって犯人じゃないし」
「自分で言うな」
俺はため息を吐きながら、荒らされた花壇へ視線を戻す。
花は何本も折られ、土もところどころ踏み荒らされている。
ただの悪戯にしては、妙に執拗だ。
「……でも、確かにそろそろ突き止めたいな」
「だろ?」
女が嬉しそうに笑った。
なんだこいつ。もしや、俺に媚を売ってさらに長く俺の家に住み着くつもりか。
「じゃあ決まり。今日からあたしたちは――」
「待て」
「ん?」
「なんでお前が仕切ってるんだ?」
「だって、あたしのほうがこういうの得意だろ?」
「ニートは大人しくしとけ」
「な……」
女は言い返そうとして、思いつかなかったのか言葉を止めて頬を膨らませる。
……まあ、こいつと一緒なら、少なくとも一人で探すよりはマシか。
「それで、どうすんの?」
「まずは現場を調べる」
「お前にしてはまともなことを言うな」
「まあね」
女はアイスを食べ終えると、花壇の前にしゃがみ込んだ。
「ふーん……」
「何か分かったか?」
「分からん」
「早いな」
「でも、足跡はある」
「……本当か?」
俺も隣にしゃがみ込み、荒らされた土を見る。
確かに、花壇の端にいくつか靴跡が残っていた。
そこでしれっと女は二回手を叩く。すると、慌てて追加のアイスが渡された。完璧に侍女たちが飼い慣らされている……。
女は気にした様子もなく、そのまま話し始める。
「犯人はここから入ってきたんじゃない?」
「いや、それだけじゃ――」
俺は言葉を止めた。
靴跡は花壇の中だけではない。
その先にも、土のついた足跡が続いている。
そして、その足跡は――屋敷の裏手へ向かっていた。
「……なあ」
「ん?」
「これ、追ってみないか?」
女は足跡を見つめると、口元をにやりと歪めた。
「いいねぇ!」
*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*◆*
俺たちは、花壇に残された足跡を追って屋敷の裏手へ向かった。
女は先ほどまでのふざけた様子とは少し違い、足元をじっと見つめながら歩いている。
「……意外と真面目にやるんだな」
「失礼だな。あたしはいつだって真面目だぞ」
「アイス食いながら言うな」
「これは必要経費」
「何の経費だよ」
そんなくだらない会話をしながらも、足跡は少しずつ屋敷の奥へと続いていた。
てかこいつ、アイスどんだけ好きなんだよ。
土の上に残った靴跡。
大きさはそれほど大きくない。
やがて、足跡は屋敷の裏手にある小さな倉庫の前で途切れていた。
「……ここか?」
「みたいだな」
俺は倉庫を見上げる。
古びた木の扉。
普段からあまり使われていないのか、かなりボロボロだ。
「なんか不気味だな」
「だねぇ」
女が扉へ近づく。
そして、何のためらいもなく取っ手へ手を伸ばした。
「おい、待て」
「ん?」
「勝手に開けていいのか?」
「お前の家だろ?」
「まあそうだけど。一応、お母様とかお父様の大切なものが入ってたりするかもしれないし……」
「細かいなぁ」
女はそう言いながらも、素直に手を止めた。
俺は扉を眺める。
鍵はおそらく掛かっていない。
それなのに、妙な違和感があった。
「……なあ」
「ん?」
「ここ、本当に誰もいないよな?」
俺は妙に気になって女に質問する。すると、アイスクリームをべったりつけた顔でめんどそうに言った。
「幽霊でもいるんじゃね」
そのときだった。
――ガタン。
「「……!」」
倉庫の中から、何かが倒れる音がした。
俺は思わず女に抱きつこうとする。でも女も抱きつこうとしてきたせいで顔がぶつかった。ジャイアンとスネ夫みたいな構図だなっと思ったことは伏せておく。
俺と女は同時に顔を見合わせる。
「……今の、聞こえた?」
「聞こえた」
女の口元から、さっきまでの笑みが消える。
俺たちには痛みに悶える余裕すらなく、思わず息を潜めた。
倉庫の中から、もう一度。
――カタン。
「……誰かいる」
「みたいだねぇ」
女は少し汗を垂らしながらも、楽しそうににやりと笑う。
「どうする?」
「開けるに決まってんでしょ!」
女は興奮した様子でアイスクリームを握りつぶした。うーわ、フードロスや。
ま、まあ今はそれどころじゃない!
「わかった。……開けるぞ」
俺は息を呑み、最後にもう一度確認で振り返る。
「は?」
女が床に落ちたアイスクリームを舐めていた。
俺が冷ややかな視線を向けていると、女はきょとんと純粋な瞳で俺を見た。
「なにこいつ……」
俺は女がアイスクリームを舐め終えるまで待たされた。
緊張は消えた。




