知らない人
あれから、あの姉妹と鬼ごっこをして遊んだり、それから……鬼ごっこしかしてないですわね。
まあ、今日は妹さんの名前も聞き出せましたし、よしとしましょうか。
「あかりちゃん」
あかりちゃんは少しめんどくさそうに振り向く。
「なに?」
「呼んでみただけ」
「さっきからマジうざいし、キモいんだけど」
あかりちゃんは冷たい目で私を見る。でも、もうこの罵倒にもなれてしまいましたわね。
なんていうか、私の知っている罵倒とはまるで違って、最初はとても怖かったけど今ではなんとも思いませんわ。
これは愛のある罵倒なのでしょう。
「まーた喧嘩してるのかい? ほらご飯できたよ」
パンとシチューという、質素ながらも心も体も温まるメニュー。
いつも家では一人で高級なものばかり食べていたけど、みんなで楽しくこうやって食べるのが一番幸せ。
「あれ、アリアちゃん元気ないね」
「疲れました……」
アリアちゃんはご飯を噛む体力もない様子で、力を抜いてぐったりと机に寄りかかる。
一方、マリアちゃんは。
「はむっ」
まるで猛獣のようにパンに食らいつき、シチューをがぶがぶ飲んでいる。
なぜこうも姉妹、性格が真逆になったのでしょうか……。
「いただきます」
あかりちゃんはというと、突然手を合わせてそう言った。一瞬おばちゃんに言ったのかと思ったが、彼女は食材に向かって言っているようだった。
「お兄ちゃんも、いただきます言わないとお行儀が悪いよ」
「え、あ、いただきます……」
私は戸惑いつつも、あくまで私はあかりちゃんのお兄ちゃんを演じなければいけないので話を合わせる。
すると、あかりちゃんは感心したように「おお」と声を漏らす。
「へえ、素直に言うんだ。いつもは、殺した相手に向かっていただきますとかサイコパスかよ、とか馬鹿にしてたのに」
サイコパス? 殺した相手? 色々とよく分かりませんわね。
本当に一体どんな国からきたのかしら。
そんなことを考えつつも、シチューを口に運ぶ。
「……美味しい」
やっぱりとても美味しい。昔にお母様に作ってもらった味にとても似ている。
お母さん……。
「お兄ちゃん?」
あかりちゃんは心配そうに私の顔をのぞいた。
つい、思い出してしまいましたわ。まだ貧乏だった頃のこと。
しっかりしなさい、私。今はただ、お母様を助けることだけを考えるんだ。
「いや、なんでもないですわ」
「そう? ならいいけど」
それから私たちは食事を済ませ、今後のことについて話し合うことにした。
ずっとここに居座るわけにもいかないし。
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部屋に着くと早速、あかりちゃんは顔色を変える。そして、ベッドに座ると横をポンポンと叩き、私にも座れと合図した。
「さてさて、早速腹を割って話そうか。お兄ちゃん?」
顔は妙に真剣で何より圧がすごい。
は、腹を割る!?
私は自分のお腹に目を向ける。
「わ、私はそんなことしたくないですわ!」
「いや、本当には割らないから」
あかりちゃんは困ったような、呆れたような表情で苦笑いした。
本当には割らない? 一体どういうこと?
「それはーー」
「いや、もういいもういい」
あかりちゃんは私の話を無理やり遮ると、真剣な顔に戻る。
そのまま少しずつ、距離を近づけてくる。
「ねえ、お兄ちゃん。私たちの子供って、どうするの?」
……へ?
「こ、子供……」
「うん。前、妊娠したって言ったじゃん」
兄妹じゃないの!? どういうことなの?
頭が混乱してお馬鹿になりそうですわぁ〜。
混乱してる暇もなく、あかりちゃんは私の手を握ると、甘く囁くように言った。
「ねえ、私のことまだ好き?」
な、これはなんて答えたら……。
それに、妊娠って……兄妹で? しかもこんな歳で。
と、とりあえず話を合わせるしかないようですわね。
「す、好きですわ」
それを聞くと、すぐにあかりちゃんは私からバッと距離を置いた。
そして、顔色を変えて警戒するような目で私を見る。
「それで、あなたは誰ですか」
「え、誰ってお兄ちゃんですわよ」
すると、あかりちゃんは崩れるように座り込み、頭を抱える。
「気持ち悪い、気持ち悪い……。お兄ちゃんの身体で喋らないでッ!!」
「そ、そんな……」
突然のことに思わず胸を押さえ、後ずさる。
中身がバレてしまっている!?
いつ、いつバレたの?
「落ち着いーー」
「黙れぇ!! お兄ちゃんを汚すなぁ!」
あかりちゃんは叫ぶと、私に思い切り枕を投げつけた。
あかりちゃん……。
「妊娠なんてしてるわけないじゃん…! 何より、お兄ちゃんは絶対私に好きなんて言わないから!!」
ま、まさか、ハメられた?
「早くその身体から出ていって!」
まずいですわね。何か誤解をしているようですわ。
「私は別にわざと入ったわけではなくーー」
あかりちゃんはぎゅっと自分の服を握りしめる。
そして涙を堪えるような悲しい顔をして、震えた声で言った。
「なんで……お兄ちゃんの顔で、知らない人が喋ってるの……?」
その言葉が、胸の奥に深くにずっしりと突き刺さった。
ああ、そうだったんだ。
「……知らない人」
思わず、その言葉を繰り返す。
私は、あかりちゃんにとって知らない人。
当然ですわ。
私と彼女は会ったばかり。それなのに、私は勝手に距離を縮めて、名前を呼んで、罵倒されても「愛のある罵倒」などと勝手に解釈して……。
ずっと、仲良くなれたと思っていた。
「返してよ。お兄ちゃんを返してよぉ!!」
わざとだとか、違うだとかは関係ないのかもしれない。
ただ、この少女は大好きなお兄ちゃんがいなくなって、不安で不安で仕方がないんだ。
まるで、少し前の私のよう。お母さんが目を覚まさなくなって、不安で悲しくて、でもどこにも気持ちをぶつけるところはなくて……。それで侍女に八つ当たりしたり、言わなくてもいいようなことまでたくさん言った。
「本当にごめんなさい……」
私は深く頭を下げた。
全く、悔しさとかはなかった。なのに、なぜか目から溢れた涙が止まらない。
「な、なんで……なんで謝るのぉ」
あかりさんはその場で泣き崩れた。
その姿を見ていると、胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。
鬼ごっこをして、ご飯を一緒に食べて……名前も教えてもらって。
たった2日。
それだけなのに、とっても、とっても楽しかった。
だからなのだろうか。
気づけば、私の頬も涙で濡れていた。
「……ごめんなさい」
声が震える。
「ごめんなさい……」
もう、何を謝っているのか自分でも分からなかった。
身体を借りてしまったことなのか。
お兄ちゃんのふりをしてしまったことなのか。
それとも。
大切な人を失って泣いている少女に、何もしてあげられないことなのか。
なんで泣いてるかなんて、もう分からない。でも、ただその時だけは泣いていたかった。
そしてその夜、私たちは二人して子供のようにわんわんと泣き続けた。




