表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

彼女はパンしか見えません

 あれから三日ほど経ったが、結局殿下には一度も会っていない。あの日はあのまま家に送り届けられ、問題なく終わった……こいつさえいなければ。


「おはよ」


 女は階段を降りてくると、眠そうに目を擦って椅子に座った。


「めしッ!」


 女が叫ぶと慌ててメイドたちが準備を始めた。そう、あれからこいつが俺の家に住み着いているのだ。一日五回くらい部屋から降りてきて、その度ご飯を要求する。いわゆる、引きこもりニートである。

 俺が睨むように見つめていると、それを気にしたのか笑顔で何か聞いてくる。


「おお、お前もなんかいるか?」


 いや、ここ俺の家なんだけど。なんで、全部こいつのものみたいになってんの我が家。

 とは言え、別に俺も部外者なんだけどね。

 とりあえず……追い出すか!


「帰れ」


「……」


 女の笑顔がわかりやすく引きつった。


「いやでもーー」


「帰れ」


 俺は一言も喋らせないように、冷たく言い放った。

 なんでこんなゴミ女を家に置いておかなきゃならんのだ。


 女はしばらく黙っていた。

 先ほどまで浮かべていた笑顔は消え、代わりに、捨てられた子犬のような顔をしている。


「……ここ、追い出されたら行くところないんだけど」


「知らん」


 即答すると、女は露骨に肩を落とした。


 そのタイミングでメイドたちが震えながら、パンを運んできた。

 焼きたてのパンの香ばしい匂いが部屋に漂う。女はその匂いにつられるように、焼きたてのパンをチラチラと見ている。

 

「三日だぞ」


「うん」


「三日間、一歩も外に出てないだろ」


「出たら疲れるし」


「飯は五回食うだろ」


「成長期だから」


「お前、何歳だよ」


「18」


「帰れ」


 女は何か言い返そうと口を開いたが、結局何も言わずに閉じた。

 そして、恐る恐る机の上に置かれたパンに手を伸ばした。


「……食べていい?」


「帰れ」


「食べてから帰る」


「ほんとか? たく」


 女は飛びつくようにパンを掴むと、嬉しそうにパンを頬張った。

 どうやら、俺の言葉など最初から聞くつもりがないらしい。


 俺は深く息を吐いた。


 窓の外では、小鳥が一羽、枝から枝へと飛び移っている。

 なんとも平和な朝だった。

 だからこそ、余計に腹が立つ。


「……なあ」


「ん?」


「お前、本当に帰る気ないのか?」


 女はパンを咀嚼しながら、少しだけ視線を落とした。


「……ない」


 その声だけは、妙に静かだった。

 いつものふざけた調子ではない。

 俺は何も言わず、女を見る。


 女は手元のパンを見つめたまま、小さく続けた。


「帰ったらまた、ホームレスなるし」


「知らんわ。帰れ」


 俺が顔色ひとつ変えずに言うと、女はとうとう泣きついてきた。パンはガッチリと掴んだままだった。

 そして、同情を誘うように上目遣いのうるうるとさせた瞳を向けてくる。


「ひ、ひどいよぉ。ね? いいだろ?」


「いや無理」


「なんでもする。なんでもするからぁ!」


 女は俺の肩を掴んで、体を前後に激しく揺さぶった。


「じゃあ出ていけ」


「それ以外で!」


「なんでもするって言っただろ」


「それは無理!」


「なんでもじゃないじゃんか」


 俺が呆れていると、女は少し考え込むように顎に手を添える。


「……じゃあ、家事する!」


「お前、三日間何した?」


「寝た」


「飯は?」


「食べた」


「それ以外は?」


「寝た」


「帰れ」


「なんでぇ!?」


 女は涙目になりながら、また俺の肩を揺さぶる。

 その手には、まだパンが握られていた。肩に乗ったパンくずがどんどん増えていく。

 もう、めんどくさくなってきたな。


「お前、そのパン食べ終わったら本当に帰れよ」


 俺がそう言うと、女はとても深刻そうに顔を下げた。

 ちょっとだけ可哀想だな。家もないんだし、そりゃすがりたくなるよな。


「なんで黙る?」


「……もう一個食べていい?」


 死ね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ