↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/83

第69話 信じる魔法

 ホムラが、ついに桜夜の過去に切り込んだ。


 如月あずさ。


 桜夜の闇の原点。


 傷の名前。


 世界一の騎士という言葉が、祝福であり、呪いでもあったことを知った。


 けれど、リオにはまだわからないことがあった。


 如月あずさを喪ったあと、桜夜はどうやって今の桜夜になったのか。


 自分たちと出会うまでの間に、彼はどれほどの仮面をつけたのか。


 相談役。


 世界一の騎士。


 黒の騎士。


 狂犬。


 ピエロ。


 どれも桜夜の一部なのだろう。


 けれど、どれも本当の顔ではない気がした。


 知らなければならない。


 そう思った。


 桜夜様を記録するのなら。


 桜夜様の物語を、最後まで見届けるつもりなら。


 痛みだけではなく、その痛みが何を生んだのかも知らなければならない。


 リオは自室の机に座った。


 机の上には、ブルーメタリックのノートパソコンが置かれている。


 以前、桜夜が「リオちゃん用」と言って渡してくれたものだ。


 妙に高性能で、妙に頑丈で、妙にセキュリティが強い。


 本人は、


「記録用だよ。あと、もし僕が変なことになった時の検索用」


 などと軽く言っていた。


 今にして思えば、笑えない冗談だった。


 リオはパスワードを入力し、保存されているデータベースへ入る。


 桜夜個人の記録。


 相談役としての活動記録。


 四方院家の裏記録。


 鷹司家の報告書。


 各国の関係機関から送られてきた、なぜか微妙に恨みがましい礼状。


 それらが、膨大な量で並んでいる。


 リオは深呼吸した。


「……失礼いたします。桜夜様」


 誰もいない部屋で、そう呟いてから、最初の記録を開いた。


     ◇◇◇


 活動記録一。


 相談役簒奪。


 御前試合において、水希桜夜は先代相談役を半殺しにした。


 その際に使用された火は、朱雀家当主でも制御不能な火であったと記録されている。


 剣術においても、鷹司相談役を上回っていた。


 如月あずさ死亡から五十日。


 その短期間に何があれば、あれほどの力と殺意を得るのか。


 宗主様の権限により、その日のうちに水希桜夜は新たな相談役となった。


 相談役の座が力ずくで奪われること自体は、歴史上、前例がないわけではない。


 だが御前試合で相手を拷問するような炎を使い、なおかつ宗主様と渡り合った相談役は前代未聞である。


     ◇◇◇


 リオは、画面の前で指を止めた。


 五十日。


 如月あずさが亡くなってから、わずか五十日。


 それだけの時間で、桜夜は相談役を簒奪した。


 泣く時間も。


 悲しむ時間も。


 眠る時間さえ、あったのだろうか。


 リオの背筋に冷たい汗がつたった。


 それでも彼女は次の記録を開く。


     ◇◇◇


 活動記録二。


 正義の味方ごっこ。


 新相談役に協力する者は少なかった。


 鷹司家の者たちは、水希桜夜を警戒した。


 当然である。


 水希桜夜は、彼らの当主を半殺しにした張本人である。


 しかし後日、鷹司家の嫡男が、水希桜夜と一緒にチーズバーガーを食べているところが目撃された。


 父親に見放された少年が、父親を半殺しにした少年と一緒に食事を取る。


 謎の現場だった。


 なお、二人は会話らしい会話も少なく、黙々とチーズバーガーを食べていたという。


 それからしばらくして、二人は勝手に活動を開始した。


 当初は、横浜周辺における小規模な人助けだった。


 家出少女の保護。


 詐欺組織の摘発。


 行方不明者の捜索。


 違法薬物の流通経路の破壊。


 ここまでは、まだ理解できた。


 だが活動範囲は、横浜から関東へ、関東から全国へ、全国から世界へと拡大していった。


 水希桜夜は現場へ向かい、鷹司家の嫡男は情報を集めた。


 二人は正式な組織ではない。


 命令系統もない。


 許可も取っていない。


 にもかかわらず、結果だけは出した。


 結果を出しすぎた。


 後に各国の諜報機関、警察組織、宗教組織、秘密結社、犯罪組織が同時に頭を抱えることになるとは、この時点では誰も思っていなかった。


 最終的に、鷹司家の嫡男はデータセンターに軟禁。


 水希桜夜は、しばらく国外追放という名の挨拶回りを命じられた。


 備考。


 水希桜夜は、この活動を「正義の味方ごっこ」と呼んでいた。


 鷹司家の嫡男は「名前をつけると責任が発生する」として、最後まで組織名をつけることを拒んだ。


     ◇◇◇


 リオは、小さく息を吐いた。


「正義の味方ごっこ……」


 それは、あまりにも幼い言葉だった。


 けれど、やっていることは幼くない。


 泣けなかった少年が、人を助けることで、自分を保っていたのだろうか。


 世界一の騎士であろうとして。


 如月あずさに恥じない自分であろうとして。


 それとも、ただ何もしていないと、自分が壊れてしまうから動き続けていただけなのか。


 リオには、まだわからなかった。


 次の記録を開く。


     ◇◇◇


 活動記録三。


 英国王室関係者暗殺未遂事件。


 国外追放中、挨拶回りを命じられていた相談役は、英国に滞在していた。


 本人によれば、主目的は古本屋巡りであった。


 流出した魔導書、絶版本、好きな小説家の英語版を探していたらしい。


 当時、街は王室関係者のパレードで賑わっていたが、相談役にとってはどうでもよかったとのこと。


 しかしパレード中に銃声が発生。


 暗殺未遂犯の一人が、相談役のいた古本屋へ立てこもろうとした。


 相談役は、これを軽く締めた。


 本人は「本の棚を倒されると困るから」と供述している。


 その後、事件の重要参考人として半ば逮捕された相談役は、腹いせに脱獄。


 暗殺未遂犯たちの背後関係を洗い、王家を煙たがっていた黒幕の政治家たちを白日のもとに晒した。


 当時の国王は深く感激。


 以後、相談役は英国の一部関係者から sir の称号で呼ばれるようになる。


 備考。


 相談役はこの称号を嫌がっている。


 理由は「本を探していただけだから」。


     ◇◇◇


 リオは頭を押さえた。


 規模がおかしい。


 本人の認識と、結果の規模が合っていない。


 古本屋にいただけ。


 本棚を倒されたくなかっただけ。


 それで王室暗殺未遂事件の黒幕まで暴く。


 リオは次の記録へ進んだ。


     ◇◇◇


 活動記録四。


 サンタクロースとの邂逅。


 相談役は、やはり頭がおかしいらしい。


 フィンランドの奥地で焚火をしていたところ、サンタクロースが暖を取りに来たと報告してきた。


 赤鼻のトナカイ、ルドルフもいたという。


 相談役がサンタクロースに確認したところによると、彼は「世界中の子どもたちの純粋な信じる気持ち」が生み出した存在らしい。


 これは精霊魔術にも似ている。


 ただし、精霊というよりは、集合的な願い、祈り、信仰が形を持ったものと考えられる。


 相談役は帰還後、以下のように報告した。


『信じる、というのは究極の魔法なのかもしれません』


 その後、相談役はサンタクロースからもらったという菓子を宗主様へ献上した。


 宗主様は食べた。


 私は止めた。


 宗主様は「うまい」と言った。


 備考。


 私は宗主様に対し、水希相談役の脳検査および精神鑑定の実施を進言した。


 宗主様は笑っていた。


     ◇◇◇


「信じる、というのは究極の魔法……」


 リオは、その一文を見つめた。


 馬鹿げている。


 報告書を書いた者が、そう思ったのも無理はない。


 けれどリオは、笑えなかった。


 信じる。


 祈る。


 願う。


 それらは、弱いものの慰めだと思われることがある。


 けれど、もし信じることが本当に魔法なら。


 もし祈りが、世界の理に触れるものなら。


 桜夜様を信じることにも、意味があるのだろうか。


 リオは思い出す。


 壊れたように笑う桜夜。


 からっぽの目をした桜夜。


 それでも誰かの頭を撫でる、優しい手。


 信じる。


 その言葉は、思ったよりも重かった。


 次の記録へ進む。


     ◇◇◇


 活動記録五。


 歳の離れた夫婦。


 ルクセンブルク滞在中、相談役は森の近くで兄妹ほど歳が離れていそうな男女と出会った。


 当初、相談役は兄妹か保護者と被保護者の関係だと判断したらしい。


 しかし二人は夫婦であった。


 相談役は「あなたたち、なんだか少し似ている」と言われ、なぜかそのまま三人でお茶会をすることになった。


 二人は、互いを深く信頼している様子だった。


 年齢差も、過去の傷も、周囲の視線も、すべて承知の上で、それでも夫婦として生きているように見えたという。


 相談役は、その二人の結婚式がまだであることを知ると、司祭の代役のように式文を読み、立会人を務めたらしい。


 しかも完璧に。


 なぜ相談役は、カトリックの婚姻に関する式文を暗記していたのだろうか。


 恐ろしい。


 備考。


 相談役は報告の最後に、以下の一文を残している。


『少し、うらやましかった』


     ◇◇◇


 リオの指が止まった。


 少し、うらやましかった。


 その一文だけ、妙に生々しかった。


 英国王室の事件よりも。


 サンタクロースとの邂逅よりも。


 その短い一文の方が、リオの胸に残った。


 桜夜様は、何をうらやましいと思ったのだろう。


 夫婦であること。


 年齢差や傷を抱えても、隣にいられること。


 あるいは、過去に壊されても、未来を選べること。


 リオは、自分の胸に手を当てた。


 桜夜様の未来に、わたくしも入りたい。


 そう思ったことを、まだ誰にも言っていない。


 次の記録を開く。


     ◇◇◇


 活動記録六。


 狂信者集団大量捕縛事件。


 フランスにおいて、相談役は比較的長く滞在した。


 目的は、マグダラのマリアに関する伝説の調査であったらしい。


 相談役は、聖杯、血統、女性を器として扱う思想について、極めて強い嫌悪感を示していた。


 滞在中、相談役はガブリエルを名乗る女性に接触されている。


 彼女は相談役に対し、「あなたをずっと前から見ていた」と発言。


 相談役はストーカーと判断し、逃走した。


 逃走先で、相談役は反キリスト教系の狂信者集団と遭遇。


 その儀式が気に入らないという理由で、相談役は組織の本部を焼いた。


 残党がモンサンミッシェルへ逃げ込むと、相談役は島ごと焼き払おうとした。


 そこで再び、ガブリエルを名乗る女性が現れる。


 彼女は翼を見せ、「やめておきなさい」と相談役を諫めた。


 相談役は一応思いとどまった。


 一応である。


 その後、相談役は残党が逃げられないよう、手足の先からじっくり焼くという悪魔の所業を行った上で、国家警察へ引き渡した。


 備考。


 相談役はこの件について、


『火加減はした』


 と述べている。


 火加減の問題ではない。


     ◇◇◇


「ガブリエル、様……」


 リオは思わず、その名を呟いた。


 今も屋敷に出入りし、桜夜に対して妙に距離の近い大天使。


 彼女と桜夜の接点は、リオが思っていたよりもずっと古い。


 そして、ずっと危うい。


 ガブリエル。


 モンサンミッシェル。


 マグダラのマリア。


 聖杯。


 奇蹟。


 リオはさらにデータベースを漁った。


 やがて、ひとつの個人的な記録に辿り着く。


 通常の活動報告ではない。


 作成者は、鷹司家の嫡男。


 題名は、ふざけたものだった。


『ミズキによる福音書』


 リオは眉を寄せる。


「……福音書?」


 冗談のような題名。


 けれど、なぜか胸騒ぎがした。


 リオは少しだけ躊躇した。


 記録することは、暴くことではない。


 けれど、知らなければ記録できない。


 記録できなければ、未来へ渡せない。


 リオは小さく息を吸った。


 そして、ファイルを開いた。


 そこには、モンサンミッシェルの海岸を大天使と歩く、若き日の桜夜の記録が残されていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


今回は、リオが桜夜の活動記録をたどる回でした。

「信じること」がただの綺麗ごとではなく、この物語の大きな力になっていきます。


少しでも続きが気になる、桜夜たちを見届けたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。