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第五章 白銀の旧工房と、原初の記憶(前編)

第五章は、前後編に分かれます。

前編では、すべてを圧倒する強敵「白の騎士」との死闘、そしてシオンが背負い続けてきた大剣『シリンダー・ブレード』の悲劇から幕を開けます。

さらに、たどり着いた『旧工房』で明かされる、ルミナの光と教会のシステムの残酷な原点。

絶望の底で彼らは何を見出すのか。

怒涛の展開をお見逃しなく!

 『灰の降る砦』を出発したシオンたちは、王都のさらに北、万年雪に閉ざされた極寒の山岳地帯へと足を踏み入れていた。吹き荒れる吹雪が体温を容赦なく奪い、一歩進むごとに膝まで雪に埋まる過酷な道程。教会の監視網すら及ばないこの「死の白銀」こそが、ケスラーが自らの秘密研究と、ルミナを守るための力を隠すために選んだ最果ての地だった。

「ルミナ、大丈夫か? 寒くないか」

「うん、平気……。シオンの外套、すごく温かいから」

 シオンはルミナを抱え、深い雪を力強く掻き分けながら先頭を進んでいた。自分の分厚い外套で彼女をすっぽりと包み込み、刺すような冷風から必死に守り抜いている。

「おいおい、シオン。アンタもさっきから唇が真っ青よ。無理しないでよね」

 メリルが、ゴーグル越しに心配そうな声をかけた。彼女は雪山特有のカンジキを器用に使いこなし、身軽に雪の上を進んでいる。

「これしき、どうってことない。……ルミナに凍える思いをさせるくらいなら、俺が少し冷える方がマシだ」

「アンタねぇ……そういう不器用なところ、ホント変わらないわね」

 最後尾を歩くレクターは、機械式狙撃銃を杖代わりにしながら、静かに前方を指差した。

「見えたぞ。あれがケスラーの残した座標……『旧工房』だ」

 猛吹雪の向こうにうっすらと姿を現したのは、氷壁に半ば埋もれるようにして建つ、巨大な鉄と石の要塞だった。王都の地下にあった禍々しい兵器工場とは違う、純粋な「研究施設」の面影を残している。

「着いた……! さっさと中に入って暖を取……」

 メリルが安堵の声を上げた、その瞬間だった。

 突如、背後の吹雪の中から、鼓膜を劈くような魔力の咆哮が轟いた。

 レクターが咄嗟に振り返り、狙撃銃を構える。

「追手だ……! それも、ただの騎士じゃない!」

 その瞬間、入り口を塞いでいた分厚い氷壁が、外側からの凄まじい一撃によって粉砕された。

 爆風と氷の破片に煽られながら、シオンたちは工房内へと転がり込む。

 外の猛吹雪を背に、ゆっくりと姿を現す影が一つ。

「……ようやく追いついたぞ、反逆者ども」

 全身を白銀の装甲で覆い、巨大な戦斧を片手で軽々と提げた大男だった。一切の迷いや感情を削ぎ落とした教会の最高位部隊『白の騎士』の証を纏っている。

「地下牢獄のケスラーのコンソールから、貴様らがデータを抜き取った痕跡と残存魔力を辿り、この座標を計算、特定した。白の騎士の権限において、ここで引導を渡してやる」

 シオンがルミナを雪の上に下ろし、背中の大剣を抜き放つ。

「対象者シオン。使用武器は規格外重量剣。問題ない……排除する」

 巨漢の騎士が雪上を滑るように肉薄した。

 その戦斧が、突如として教会の青白いメモリアの光を爆発的に放つ。

「なっ……! あの武器、メモリアの力を直接、破壊力に変換してる……!? 教会は、俺の持っている『試作品』の理論を、すでに完成させて実用化してたっていうのか!」

 シオンが驚愕に目を見開いた。彼が持つ剣は、ケスラーが遺した未完成の試作品だ。だが、目の前の騎士が持つ戦斧は、その力を完璧に制御し、圧倒的な威力を生み出している。

 戦斧の重烈な一撃が、シオンの大剣を真横から強打した。

 シオンは十メートル近く後方へと吹き飛ばされ、工房の壁に叩きつけられる。

「シオン!」

「アタシから目を逸らすな!!」

 メリルが死角から双剣で狙うが、騎士は振り返りもせず、メモリアの光を纏った戦斧の柄尻で彼女を突き飛ばした。さらに、レクターが放った徹甲弾すらも、白銀の装甲に弾かれて火花を散らす。

「個人の感情などという不純なものを抱えるから、システムに劣るのだ」

 騎士が、動けないシオンかけかへとゆっくりと歩み寄る。

「……ふざけんな。俺の剣は、重いだけが取り柄なんだよ!!」

 シオンが咆哮と共に跳躍した。重力と遠心力、そして全身の筋肉を限界まで軋ませた、シオンの全霊の唐竹割りが、白の騎士の脳天へと振り下ろされる。

 だが、騎士は戦斧を両手で構え、その強烈な一撃を真っ向から受け止めた。

 ギギギギギギギギギッ……!!

 金属同士が絶叫を上げる。五十キロの重量が騎士の足元の雪を吹き飛ばすが、騎士の姿勢は微動だにしない。

「出力不足。お前のその剣では、世界の絶対的なシステムは砕けない」

 騎士の戦斧から、教会のメモリアの光がさらにまばゆく噴出した。

 その圧倒的な力の前に、シオンの大剣の刃の中央に、決定的な「亀裂」が走る。

 手にしてからの日は浅い。だが、過酷な死線を共に潜り抜け、彼の不器用な戦いを必死に支え抜いてきた相棒が、今まさに限界を迎えようとしていた。

「嘘だろ……待て、頼むから耐えてくれ……!!」

 シオンの悲痛な叫びを嘲笑うかのように。

 パァァァァンッ!!

 乾いた破裂音と共に、『シリンダー・ブレード』は真っ二つに砕け散った。

 宙を舞う鉄の破片。支えを失い、無防備に前のめりになったシオンの胸ぐらを、騎士が冷酷に掴み上げる。

「終わりだ、愚かな反逆者」

 騎士が、止めの一撃を振り上げたその時。

「シオン、目を閉じろ!!」

 レクターの叫び。シオンが咄嗟に目を瞑った直後、レクターの放った『閃光弾』が騎士の眼前で炸裂した。視覚センサーを焼かれた騎士の動きがわずかに鈍る。

「シオン、立って! 走るわよ!!」

 メリルがシオンの腕を引き、ルミナが背中を押し、一行は旧工房の奥へと死に物狂いで転がり込んだ。

 レクターが通路の隔壁を落とし、白の騎士を吹雪の外へと閉め出した。

「……はぁっ……はぁっ……」

 暗闇に包まれた通路で、シオンは床にへたり込んだ。手の中には、無惨に折れて柄だけになった大剣の残骸が握られている。

 静まり返った工房の深部。レクターが予備電源を引くと、中央室にある巨大な投影機が自動的に起動した。

『――記録番号、001。研究の第一歩として、この奇跡を記録に残す』

 浮かび上がったのは、十数年前の、まだ気力に満ちていた頃のケスラーのホログラムだった。映像には、木漏れ日の中で遊ぶ幼いシオンとユーゴ、そして彼らを笑顔で見守る幼いルミナの姿があった。

 幼いシオンが転んで膝をすりむくと、ルミナがそっと手を当て、黄金色の光で怪我を塞いでしまった。

『見たか、今の光を!』

 映像の中のケスラーが興奮して叫んでいる。

『魔法じゃない、純粋な「想い」が直接、生命力へ変換されたんだ! これを機械的に再現できれば、世界中の人々を救う医療装置ができるかもしれない!』

 しかし、映像が進むにつれ、ケスラーの顔からは光が消えていく。

『教会の審問官に研究を知られてしまった。彼らは「感情」を医療ではなく、システム統制の動力源にするつもりだ。……彼らは私を連行し、記憶を抽出するだろう。そうなれば、いずれ奴らは必ず気づいてしまう。この奇跡の原点、オリジナルである「彼女」の存在に』

 ケスラーは画面の向こう側の未来へ、決死の表情で訴えかけた。

『奴らは必ずルミナを狙う。……シオン、ユーゴ。もし君たちのどちらかが、成長して私のこの工房へ辿り着いたなら……。どうか、彼女を、ルミナを守ってやってくれ』

 その言葉に、シオンは息を呑んだ。

 ケスラーは、二人の少年のどちらかが、あるいは二人が協力して、ルミナを守る騎士になることを信じていたのだ。

 だが今、かつての親友とは道を違え、大渓谷で互いに刃を向ける結末となってしまった。

『捕らえられた彼女は、自我を奪われ、ただの生きたバッテリーにされるだろう。……私は連行されるが、タダでは転ばない。この工房の最深部に、教会への反抗の牙を……彼女を守り抜くための真の力を遺すことにした』

 ケスラーは背後に置かれた、黄金のシリンダーを持つ漆黒の大剣を指差した。

『それが、真の魔剣「オリジン・シリンダー」。抽出ではなく、持ち主の意志を力に変える唯一の対抗手段だ。……二人で力を合わせ、彼女が笑顔でいられる世界を……』

 投影機が切れ、中央室は再び深い静寂に包まれた。

 シオンは折れた大剣の柄を強く握りしめ、苦い表情を浮かべる。

「先生……ユーゴはもう……」

「私が……」

 ルミナが震える両手で、自分の胸元を強く握りしめた。

「私が、すべての始まりだったの……? 教会が人の心を奪うようになったのも……大渓谷でシオンがあんなに傷ついて……あんなに優しそうだったユーゴさんと戦わなきゃいけなかったのも……全部、私にこんな力があったから……っ!」

 大渓谷で見た、ユーゴの涙に歪んだ顔と、シオンの悲痛な叫び。その原因が自分にあるのだという残酷すぎる真実の重圧に、ルミナはその場に崩れ落ちた。

今回は、第一章からシオンと一緒に泥臭く戦い続けてくれた試作品の大剣が限界を迎えてしまうという、シオンにとって苦しい展開を書きました。

そして明かされた、教会のシステムとルミナの光の真実。

後編もお楽しみに!

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