第四章 奈落の獄底、眠れる魔工
第四章では、シオンの背負う大剣を作った恩師を救出するため、レクターの先導で厳重な警備網を潜り抜けるスリリングな潜入ミッションが幕を開けます。
最深部で待ち受ける残酷な防衛システムと、シオンたちを想うルミナの「新たな光」。手に汗握る死闘と熱い展開を詰め込みましたので、ぜひお楽しみください!
『灰の降る砦』を出発してから数日。シオンたちは、かつて王都の繁栄を支えた旧時代の遺構、今では教会の『地下大牢獄』として転用されている地へと辿り着いた。そこは陽の光が一切届かず、湿り気を含んだ冷気が肌を刺す、死者の国のような場所だった。
「ここから先は、俺が先導しよう。教会の内部構造については、多少の知識がある」
レクターが静かに言い、腰に佩いた細身の小刀の柄に手を置いた。彼は砦を出る際、自ら志願してシオンたちの旅に同行することを決めていた。右目の火傷の痕を隠すようにフードを深く被り、周囲の気配を探る。
「……レクター、あんたがわざわざ来なくても、アタシとシオンの力業でなんとかしたわよ」
「頼もしいが、この監獄のさらに『下』へ行くには、力業だけでは突破できない暗号化された扉や教会の特殊な魔力錠がいくつもある。かつて中枢にいた俺の知識がなければ、辿り着く前に警報が鳴るだろう」
レクターはメリルの軽口に静かに返し、前方を見据えた。
「それに……そこはただの牢獄ではない。教会の軍事機密が凝縮された、文字通りの深淵だからな」
地下牢獄の警備は、言葉通り厳重を極めていた。通路には等間隔で侵入者を感知する装置が埋め込まれ、重武装の看守たちが常に三人一組で巡回している。少しでも足音や魔力を漏らせば、即座に警報が鳴り響く死地だ。
「止まれ。次の角、三秒後に看守の巡回が三名来る。死角は頭上の梁だ」
暗闇の中、レクターが微かな手信号と囁きで指示を出す。看守たちが真下を通り過ぎた瞬間、梁に張り付いていたメリルが音もなく落下した。双剣の柄尻で後方の二人の延髄を同時に打ち抜いて気絶させる。先頭の一人が異変に気付いて叫ぼうとした瞬間、死角から滑り込んだシオンの巨大な手がその口を完全に塞ぎ、そのまま力強く首を絞め落とした。三人の看守が、声すら上げずに床へ崩れ落ちる。
だが、最大の障害は通路を完全に塞ぐ分厚い鋼鉄の扉だった。魔力で破壊すれば即座に感知される。
「……俺がこじ開ける」
シオンが五十キロ近い重量を持つ『シリンダー・ブレード』を背負い直し、扉のわずかな隙間に素手をねじ込んだ。全身の筋肉が異様な音を立てて軋む。
「シオン、音を立てれば終わりだぞ」
「分かってる……!」
呼吸を極限まで殺しながら、純粋な腕力だけで、数百キロの重圧がかかる鋼鉄をミリ単位で押し開いていく。軋む金属音すら立てさせない、血の滲むような力加減。シオンの額から汗が滴り落ちた時、ついに人一人が通れるだけの隙間が空いた。
極限の緊張を伴う連携を経て、一行は監獄の深部、最下層へと辿り着いた。通路の鉄格子の奥からは乾いた嗚咽が漏れ、ルミナは足を止める。
「……シオン。あそこにいる人たちも、私と同じように、何かを奪われたの?」
「ああ。だが、あいつらはまだ戦ってる最中だ。……記憶を奪われる前に、助け出す」
シオンはルミナの肩にそっと手を置き、前方の鉄格子を指差した。そこには、王都での作戦に失敗し、捕らえられていたレジスタンスの仲間たちがいた。
「みんな、無事!? 立てる!?」
メリルが駆け寄り、先ほど倒した看守から奪っておいた鍵束をシオンへと放り投げる。シオンは素早く錠前を開け、仲間たちを鉄格子から引きずり出した。
「……メ、メリル……!? リーダーまで……」
解放された仲間の一人が、床に手をつきながら荒い息を吐いた。
「ああ、助かった……。明日の朝には『抽出室』へ送られる予定だったんだ。そうなれば、俺たちが命懸けで手に入れたこの情報も、すべて消されてしまっていただろう……。本当に、ギリギリのところだった」
「よく耐えてくれた。早速で悪いが、君たちが掴んだ『下』への入り口の情報を教えてくれ」
レクターの問いに、仲間の一人が震える指で房の隅の壁を指差した。
「……深夜、看守交代の時間にだけ、あの壁の裏から巨大な歯車が回る音がする。壁の右下にある隠し紋様……それを強く押し込むんだ。それが下への扉になっているはずだ」
レクターが、言われた通りに壁の紋様を押し込むと、地響きと共に壁が反転し、下へと続く螺旋階段が姿を現した。そこから、まるで炉が燃えているような熱気が漏れ出してくる。
レクターは、解放した仲間たちを安全な空き房に隠れさせ、シオンたちと共に階段を下りていった。
石造りの牢獄は次第に、冷たい鉄と複雑なパイプが張り巡らされた機械要塞、通称『工房』へと変貌していく。壁の隙間からは抽出されたメモリアが青白く発光しながら流れ、巨大な動力源へと吸い込まれていた。
「教会の連中、人の心をなんだと思ってんのよ……吐き気がするわ」
メリルが双剣を握りしめ、憎しみを込めて吐き捨てた。
そして最深部。巨大なシリンダーが爆音を上げる広間に、無数のコードで吊るされた痩せこけた老人がいた。かつてシオンの師匠とも交流のあった天才開発者、ケスラーである。シオンとルミナは彼を親しみを込めて「先生」と呼んでいたが、その瞳に生気の光はない。
『……侵入者を検知。殲滅陣形へ移行』
ケスラーの口から機械的な音声が漏れると同時に、天井から十数体の自律機動型騎士が降り注いだ。
「おい、嘘だろ……。メモリアで、こんなバケモノまで動かしてやがるのか!」
驚愕するシオンの背後で、レクターが外套を翻し、旧世界の遺物である『機械式狙撃銃』を構えた。火薬の爆発音が響き、騎士の駆動部を正確に撃ち抜く。
「シオン、メリル! 奴らは一つの頭脳で動いているぞ! 立ち止まるな!」
メリルが鉄の波へ突っ込む。双剣を風車のように振るい、騎士の関節を狙うが、驚くべきことに騎士たちはメリルの速度を予測したかのように巨大な盾を連携させて壁を作り、彼女の刃を完全に弾き返した。
「なっ……アタシの動きが読まれてる!?」
「なら、力でこじ開ける!!」
シオンが大剣を真横に薙ぎ払う。五十キロの鉄塊による必殺の連撃。だが、騎士たちは回避すらしようとせず、三体同時に盾の角度を斜めに傾けた。大剣が盾に当たった瞬間、衝撃が滑るように受け流され、逆にシオンの体が大きく体勢を崩される。
『……対象の攻撃パターン「剛剣・右薙ぎ」を確認。重心のブレを算出、反撃フェーズへ』
コンソールに吊るされたケスラーの口から、無情な音声が流れる。
「クソッ……先生の頭脳が使われてるから、俺の剣の癖まで完全に予測されてるのか!」
体勢を崩したシオンへ、四本の槍が同時に殺到する。レクターの狙撃が二本を撃ち落とすが、防衛システムは床から高圧の排熱蒸気を噴出し、レクターの射線を完全に物理遮断した。
『……障害物検知。排熱管解放。遊撃ユニット、非戦闘員ルミナを無力化せよ』
蒸気に紛れ、二体の騎士がシオンを迂回してルミナへと迫る。
「ルミナ!!」
シオンは己の防御を完全に捨て、大剣を放り出してルミナの前へと身を投げ出した。肉を裂く鈍い音。シオンの脇腹と肩を、騎士の無慈悲な槍が深く貫通した。
「シオン!!」
「……ダメだ、ルミナ! メモリアは使うな!」
血を吐しながらも、シオンは素手で槍の柄を掴み、騎士を強引に引き寄せて頭突きで沈める。だが、限界だった。後続の騎士たちが、血塗れのシオンへ止めを刺そうと槍を振り上げる。
「この完璧な連携を崩すには、あのふざけた操り糸を切るしかない……!」
レクターは熱を持った狙撃銃を投げ捨て、腰の小刀を抜いた。
「シオン、メリル! 三秒だけ、俺に道を作れ!!」
「応ッ!!」
シオンが雄叫びを上げ、刺さった槍を抜かずにそのまま突進し、騎士の盾の壁に肉弾戦で風穴を開ける。メリルがその隙間を縫うように双剣を投げつけ、騎士の注意を引いた。
作られた三秒の死角。レクターは騎士たちの頭上を飛び越え、コンソールの中枢へと肉薄し、小刀をメインケーブルの束に深く突き立てた。
「ケスラー……! あなたの技術を、これ以上誰かを傷つけるための道具になどさせない!!」
物理的な切断によるショートが走り、支配のコードが火花を散らして弾け飛ぶ。戦術リンクを切られた騎士たちが、糸を切られた操り人形のように一斉に崩れ落ちた。
シオンは激痛に耐え、拘束から解放されて床へ崩れ落ちたケスラーを腕の中に受け止めた。
「……先生! しっかりしてくれ!」
「……シオン、か……。随分と、たくましくなったな……」
ケスラーは弱々しく笑い、シオンの大剣に触れた。
「不器用なお前には、重すぎただろう……。だが、その試作品では教会の『中枢』には耐えられない……。真の魔剣『オリジン・シリンダー』は、北の果て『旧工房』に封印した……。あれを取りに……行け……」
ケスラーの視線が、涙を流すルミナへと移る。
「ルミナ……。かつて友人のもとで修行をしていた幼い少年達と、それを嬉しそうに見守る少女の姿を……私は今も覚えている……。あの子たちを……どうか、守ってやってくれ……」
「ケスラーさん……でも私、治し方が分からないの……っ!」
「ルミナ。お前の力は特別だ。……過去の記憶などいらない。ただ、『この人を失いたくない』という今の想いを、その傷に注ぎ込みなさい……」
ルミナは震える両手をシオンの傷口に重ねた。
――失いたくない。
その純粋な想いが、彼女の胸の奥から黄金色の光を引き出した。自らのメモリアを媒体とした、彼女にしか使えない特別な治癒。光が注がれると、シオンの肉体は瞬く間に再生し、痛みが完全に消え去っていく。
「ルミナ、お前……」
「……ああ。なんて、温かい光だ……」
ケスラーは安堵したように微笑んだ。
ルミナはシオンの傷が塞がったのを見ると、すぐにケスラーの胸元へと両手を伸ばした。
「ケスラーさんのことも、私が治すから……っ!」
だが、ケスラーは血の気のない手で、ルミナの小さな手を優しく遮った。
「……無駄だ、ルミナ。お前の温かい光は、命の欠落を補い、肉体を繋ぎ合わせるもの。だが……私の命は、もうこの工場の動力としてほとんど吸い尽くされてしまった。レクターが接続を絶ってくれたおかげで、こうして最期の言葉を交わせているが……魂という底が抜けた器には、いくら光を注いでも留めておくことはできないのだよ……」
「そんな……助けられないなんて……」
「泣かないでくれ……。最後に、お前の温かい手で触れてもらえただけで……私は十分だ……」
泣き崩れるルミナの頭を弱々しく撫で、ケスラーは最後にレクターを見上げた。
「……レクター。頼んだぞ。若き……反逆者、たち……」
老人はそのまま静かに息を引き取った。
深い悲しみに包まれる広間。レクターがコンソールから旧工房、そして中枢塔のセキュリティデータが入った情報媒体を抜き取った。
「ケスラーを、こんな冷たい奈落に置き去りにはできない。我々の砦へ連れて帰り、弔おう」
レクターは恩師でもある天才開発者の亡骸を、静かに背負い上げた。
「行こう。上で待つ仲間たちと共に、地上へ」
数日後。
一行は『灰の降る砦』へと帰還した。
砦の医務室代わりの天幕では、地下牢獄から救出されたレジスタンスの仲間たちが横たわっていた。過酷な拷問と劣悪な環境により、衰弱しきっている者も多い。
その間を縫うように歩き、ルミナが一人ひとりに手をかざしていく。黄金色の光が灯るたびに、傷は塞がり、苦痛に歪んでいた仲間たちの顔に安らかな血色が戻っていく。
「信じられない……あんな酷い傷が、一瞬で……」
「ありがとう、お嬢ちゃん。あんたは、俺たちの希望だ……」
涙を流して感謝するレジスタンスたち。
天幕の入り口でその光景を見ていたシオンは、ルミナの横顔が、かつて自分たちの前で見せていた「陽だまりのような笑顔」に少しだけ近づいているように感じた。
記憶を奪われ、教会のバッテリーにされるはずだった彼女は今、自らの意志でその力を使って人々を救っている。
「ケスラーの言う通りだったな」
隣に立ったレクターが、静かに呟いた。
「彼女の力は、システムに組み込まれた冷たいエネルギーなんかじゃない。人を想う、温かい心そのものだ」
「ああ。……ルミナが救ってくれたこの命で、俺は必ず教会をぶっ潰す」
シオンは背中の大剣を握りしめ、砦の空を見上げた。舞い降る灰の向こうに、次なる目的地がある。
砦の裏手でケスラーの亡骸を静かに弔い、祈りを捧げた一行。
その日の夜。明日の出発に向けた準備が静かに進む中、レクターは砦の奥にある自室に一人で立っていた。
ランプの薄暗い灯りに照らされた壁には、豪奢な鞘に収められた一本の長剣が掛けられている。特徴的な十字の意匠が施されたその剣は、彼がレジスタンスのリーダーとなってからというもの、一度として抜かれたことがない。ただ、決して忘れてはならない罪と『戒め』としてそこに飾られていた。
ケスラーの冷たい亡骸と、シオンたちの熱い決意。
世界の深淵――中枢塔へと向かうということは、己の過去とも完全に決着をつけるということだ。もはや、遠くから狙撃銃のスコープ越しに引き金を引いているだけの戦いは終わったのだと、彼の魂が告げていた。
レクターは静かに手を伸ばし、壁から長剣を下ろした。
チャキッ……。
腰に帯びたその重みは、彼がこれから対峙しなければならない過去と覚悟の重さそのものだった。古傷である右目の火傷の痕が、警鐘のように微かに疼く。
「……向き合う覚悟、か」
誰にともなく短く呟き、レクターは迷いのない足取りで部屋を後にした。
ケスラーが遺してくれた真の魔剣『オリジン・シリンダー』を求めて。
それぞれの過去と向き合う覚悟を胸に秘め、シオンたちの歩みは極寒の北の大地へと向かうのだった。
第四章、最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今回は教会の地下深く、ケスラーとの悲しい再会を書きました。機械の頭脳として利用され、シオンの剣の癖すら完全に予測してくる防衛システムとの死闘。
ですが、そんな極限状態の中でルミナが紡ぎ出したのは、過去の記憶ではなく「今、目の前のシオンを失いたくない」という純粋で温かい感情の光でした。からっぽだった彼女の心が、自分の意志で誰かを救う力を手に入れた瞬間です。
ケスラーの遺志を受け継ぎ、次なる目的地は北の果ての『旧工房』。
次章もよろしくお願いいたします!




