第三章 灰の降る砦と、痛みを束ねる者
親友ユーゴとの悲痛なすれ違いと決別を経て、シオンたちはついに北の地へと足を踏み入れます。
第三章の舞台は、灰が降りしきるレジスタンスの本拠地。
悲しみを捧げて笑う狂った村とは対照的に、そこには「痛みを抱えて生きる」人々の生々しい熱気がありました。
ルミナの記憶を取り戻すため、レクターが提示した次なる目的地とは。
物語が新たな局面を迎える第三章です。
大渓谷を抜け、荒涼とした山道を三日歩き続けた。
空は厚い鉛色の雲に覆われ、まるで雪のように、乾いた灰色の粉がひらひらと舞い落ちている。
「……雪、なのか?これは?」
「灰よ。以前、教会がこの山に作っていた巨大なメモリア抽出炉を、レジスタンスが破壊したの。その時からずっと、この山には枯れた魔力の灰が降り続けてる」
メリルが外套のフードを深く被り直しながら答えた。
灰が天然の目隠しとなり、教会の監視網を無効化しているのだという。
険しい岩壁の裂け目を抜けると、巨大な廃城を利用した砦が姿を現した。ひび割れた城壁には無数のテントが張られ、焚き火の煙が灰と混ざり合って空へ昇っている。
「ここが『灰の降る砦』。私たちレジスタンスの本拠地よ」
砦の内部は、今まで通ってきた教会の村々とはまるで違っていた。
行き交う人々は皆、武装し、怪我を負い、泥にまみれている。中には、戦いで死んだ仲間の名前を叫んで泣き崩れている者や、それに肩を貸して共に涙を流している者もいた。
悲惨な光景だ。しかし、彼らの瞳には確かに「命の光」が宿っていた。悲しみを捧げてへらへらと笑っていた『供物の村』の住人たちとは違う、痛みを抱えて生きる人間の生々しい熱気がそこにあった。
「……みんな、泣いてる」
ルミナが不思議そうにつぶやいた。
彼女には、その涙の意味が分からない。それでも、その光景から目をそらすことができなかった。
「こっちよ。リーダーのところへ案内するわ」
メリルに連れられ、砦の最奥部にある薄暗い石造りの広間へと足を踏み入れた。
無数の地図や書類が散乱する大きな円卓。その奥で、ランタンの灯りを頼りに羊皮紙を睨みつけていた男が、足音に気づいてゆっくりと顔を上げた。
「……帰還しました、リーダー」
「よく戻った、メリル。……いや、今は客人への挨拶が先か」
男が立ち上がると、その長身が壁に大きな影を落とした。
歴戦を思わせる引き締まった体躯。知的で理知的な顔立ちだが、その右目には、過去に教会の異端審問で受けた痛々しい火傷の痕が刻まれていた。
レジスタンスのリーダー、レクター。
彼は円卓を回り込み、シオンの前に立つと、静かに口を開いた。
「驚いたよ。あの時助けられた恩人とはいえ、精鋭部隊の隊員だった君が、そのペンダントを握りしめて俺の前に現れるとはな」
「……あんたが言ったんだろう。道に迷ったら、これを目印に探せと」
シオンは疲労の色が濃い声で答え、ルミナを背に庇うように一歩前に出た。
「シオン。大渓谷の関所が、何者かによって強行突破されたという報告が入っている。精鋭揃いのユーゴの部隊が壊滅したと。……君がやったのか?」
「…………ああ」
ユーゴの名前が出た瞬間、シオンの顔が苦痛に歪んだ。
かつて同じ夢を見て入隊し、片や部隊を率いる隊長となり、片や一隊員としてその背中を追っていた親友。その絆を自らの手で叩き斬ってきた事実は、シオンの心に重くのしかかっている。
レクターはそれ以上追及せず、シオンの背中に括り付けられた大剣『シリンダー・ブレード』へと視線を移した。
「そうか。あの老練な剣士も、ついに覚悟を決めたというわけか」
「師匠を知っているのか」
「俺は元々、教会の内部の人間だったからな。凄腕の剣士である彼のことも当然知っている。……そして、君が背負っている『魔剣』の開発者とも、古い馴染みだ」
レクターの言葉に、シオンは目を見開いた。
「それは、装填されたメモリアをエネルギーとして消費する、システムそのものに対抗できる反逆の刃だと聞いている。それを君に託したということは……君の後ろにいる少女が、それほどの代償を払ってでも救うべき存在だということだな」
レクターの静かな、しかしすべてを見透かすような視線がルミナに向けられた。
ルミナは怯えてシオンの外套の裾をきつく握りしめる。
メリルが一歩前に出て、痛ましそうに口を挟んだ。
「リーダー。この子、教会に記憶を全部抜かれてるの。『聖女』にされる寸前だったところを、シオンが連れ出したのよ」
その言葉に、レクターはわずかに目を伏せ、重く息を吐いた。
「……そうか。記憶は…間に合わなかったか」
「俺は、こいつを助けたい」
シオンが、搾り出すような声で言った。
ユーゴと決別し、居場所もすべて捨てた。もう、シオンにはルミナしか残されていないのだ。
「記憶を取り戻す方法があるなら、どんなことでもする。教会の最高指導者だろうが、世界の神だろうが……俺が全部叩き斬る」
「……彼女の奪われた記憶は、おそらく王都の『中枢塔』に送られ、すでに動力としてシステムに組み込まれているだろう。それを取り戻すということは、この国のシステムそのものを完全に破壊することを意味するぞ。国中の人間を敵に回す覚悟があるか、シオン」
「関所を越えた時から、俺の人生はとうに終わってる。……これ以上、誰かが『正義』の名の下に心を奪われるのは、もうたくさんだ」
シオンの瞳の奥に宿る、決して消えない怒りと決意の炎。
それを見たレクターは、ふっと口元に微かな笑みを浮かべた。
「いいだろう。レジスタンスは、君たちを歓迎する。……だが、教会を打倒し、彼女の記憶を取り戻すためには、どうしても君たちに『会ってもらわなければならない人物』がいる」
レクターは円卓に広げられた地図の一点を指差した。
「君の背負う魔剣を作った男。……今や心と思い出を奪われ、教会の『生きた兵器工場』と化してしまった、悲しき天才だ」
第三章までお読みいただき、ありがとうございます!今回はレジスタンスの本拠地である『灰の降る砦』が舞台でした。「痛みを抱えて生きる」という人間本来の力強い姿として書きたかった部分です。
そして、ルミナのために世界を敵に回す覚悟を決めたシオン。次章では、彼が背負う無骨な魔剣を作った「天才」の元へと向かいます。激しい戦いが予想されます!ぜひお楽しみに!




