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第二章 大渓谷の悲劇と、崩壊する約束

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

王都を脱出し、北の地へと歩みを進めるシオンたち。

しかし、彼らの行く手を阻む大渓谷の関所で待っていたのは、かつてシオンと背中を預け合い、共に国の正義を誓った親友でした。

なぜ悲劇は起きてしまったのか。交える刃と、すれ違う思い。そして明かされる残酷な真実。

第二章、開幕です。

 深い森を抜け、視界が急に開けた先。轟々たる水音が三人の鼓膜を打った。

 大地を真っ二つに割るような巨大な裂け目、大渓谷。その対岸へと渡る唯一の道が、堅牢な石造りの大橋だった。橋の入り口には教会の紋章が掲げられた巨大な関所がそびえ、銀鎧の兵士たちが隙なく巡回している。

「……あれが『大渓谷の関所』。警備の数は十人ってところね。ただ、全員が王国の精鋭部隊の装備だわ」

 岩陰から双眼鏡を下ろしたメリルが、忌々しげに舌打ちをした。

「強行突破はリスクが高すぎる。夜を待って、警備の手薄な裏側の搬入路から忍び込むしかないわね」

「いや。おそらく夜になってもあそこの警備は緩まないだろうな。部隊長がそういう男だ」

 シオンの低い声に、メリルが眉をひそめる。

 シオンは背中の『シリンダー・ブレード』の重みを確かめるように一度柄を握り、深く息を吐いた。

「メリル、ルミナを連れて少し後ろを歩いてくれ。雑兵はお前が抑えろ。部隊長は……俺がやる」

 三人が岩陰から歩み出た直後だった。

 関所の高見櫓から、鋭い鐘の音が鳴り響く。

「反逆者シオンを発見! 総員、武器を取れ!」

 瞬く間に数人の兵士が橋の前に陣形を組んだ。

 しかし、シオンの視線はただ一人、部隊の先頭に歩み出てきた、大柄な騎士にだけ注がれていた。

 傷ひとつない白銀の巨大な盾と、美しく研ぎ澄まされた長剣。兜を脱いだその顔は、シオンが誰よりもよく知る、生真面目で誇り高い親友の顔だった。

「……何の冗談だ、シオン。どうして、お前がルミナを連れてそこにいる」

 ユーゴの声は低く、怒りに震えていた。

 シオンは何も答えない。言い訳をしてしまえば、自分の決意が鈍るのが分かっていたからだ。

「答えろ! 俺とお前で、一緒にこの国の正義になるって誓ったはずだ! なぜ何も言わずに隊を抜けた! その剣はなんだ!? なぜ……そんなもののためにすべてを捨てた!!」

 ユーゴの悲痛な叫びが渓谷に響く。

 彼は、シオンが『シリンダー・ブレード』の力を求めて堕落したのだと完全に誤解していた。

 だが、シオンはその誤解を解こうとはしなかった。

「……そこを通せ、ユーゴ」

「通せるわけがないだろう! 全隊、散開! 後ろの二人を捕らえろ。シオンは俺が相手をする!!」

 号令と共に、兵士たちが一斉にメリルとルミナに向かって突進した。

「ルミナ、アタシの後ろにいて!」

 メリルは叫びながら、鞘から二振りの剣を抜き放つ。襲いかかる兵士たちの剣筋を鋭い身のこなしで受け流し、その合間を縫うように鋭い一撃を叩き込んでいく。数に勝る精鋭たちを相手に、メリルはルミナに一歩も近づけさせまいと、まるで嵐のような立ち回りで戦線を維持していた。

 同時に、ユーゴが盾を構えたまま砲弾のような速度でシオンに肉薄した。

「なぜだ、シオン!!」

 大剣と盾が激しく火花を散らす。

「なぜ突然、隊を裏切ってルミナを連れ出した!? お前が手にしているその不気味な剣は何だ! まさかレジスタンスにでも唆されたというのか!」

 シオンは答えない。ただ黙って、ユーゴの鋭い長剣の連撃を大剣で凌ぎ続ける。

「俺とお前で、一緒にこの国の正義になるって誓ったはずだろう! 答えないなら、力ずくで止めるまでだ!」

 ユーゴの洗練された盾捌きがシオンの大ぶりな一撃を逸らし、長剣がシオンの肩を浅く切り裂く。

 シオンが血を流して膝をついたその時、ユーゴは乱戦の中にいるルミナに向けて叫んだ。

「ルミナ! お前からもシオンを止めてくれ! 大人しくして事情を話せば、俺が必ず上層部にとりなしてやる! 俺たちが喧嘩したら、お前が止めてくれるって約束したじゃないか!!」

 その叫びに、ルミナは肩をビクッと震わせた。兵士の攻撃を弾き飛ばしたメリルが、鋭い視線をユーゴへ向ける。

 だが、ルミナの口から出たのは、ユーゴにとって最も残酷な言葉だった。

「……ごめんなさい。あなたが、誰なのか……どうしても、思い出せないの」

 ユーゴの動きが、ピタリと止まった。

 盾を押し込む力がふっと抜け、彼の顔に愕然とした色が広がる。

「……は? 何を言っているんだ、ルミナ。俺だぞ、ユーゴだぞ?」

「ユーゴ……? ごめんなさい、本当に何も……」

 怯えるルミナの姿に、ユーゴは混乱し、シオンを見下ろした。

「シオン、どういうことだ……!? 俺は上層部から、あの事件のことは『怪我人を匿った記憶だけを処理して終わった』と聞かされている! ルミナの様子がおかしいのは、お前が無理やり連れ回したせいじゃないのか!?」

 その言葉に、シオンの瞳にどす黒い怒りと絶望が宿った。

 シオンはユーゴの長剣を力任せに弾き返し、血を吐くような声で叫んだ。

「何も知らされていないだと……!? あいつらは、ルミナの両親を広場で公開処刑にしたんだぞ!!」

「なっ……!?」

「両親を殺され、泣き叫ぶルミナからすべての記憶を奪い、王都のバッテリーとして幽閉しようとした! それが、お前の信じる教会の正義か!!」

 ユーゴの顔から、完全に血の気が引いた。

「そんなばかな……嘘だ、嘘だ!!」

 ユーゴは頭を抱え、後ずさった。

「俺は……俺は間違っていない! あの日、怪我人を匿ったってルミナから聞いた時、俺は教会に報告するべきだと思ったんだ!」

 その言葉を聞いた瞬間。シオンの動きが完全に止まった。

「……お前、今なんて言った?」

「隠し事をすれば、いつかお前も!ルミナたちも!きっと反逆罪に問われてしまう! だから匿った記憶だけを処理してもらえば、すべて丸く収まるはずだったんだ! 処刑なんて……そんなことになるなんて、俺は知らなかったんだ!!」

 カラン、と。

 シオンの手から大剣が零れ落ち、石畳を叩いた。

 早くに親を亡くしたシオンにとって、ルミナの両親は本当の家族のように温かく接してくれた存在だった。その命を奪う引き金を引いたのが、隣で正義を誓い合った男だった。

「……ああ……あぁ……」

 シオンの口から、声にならない乾いた音が漏れる。

 膝から崩れ落ち、視界が真っ暗に染まっていく。怒りも、戦う意志も、すべてが根底から叩き割られた。

「シオン! どうしたの、シオン!!」

 メリルが叫ぶが、シオンは顔を上げることもできない。

 ユーゴはゆっくりと歩み寄り、無防備なシオンの首筋に長剣の切っ先を向けた。

「……剣を捨てろ、シオン。大人しく投降するんだ」

 冷徹な宣告を下そうとするユーゴの声は、惨めなほどに震えていた。左腕の盾は力なく下がり、シオンに刃を向ける右手も小刻みに揺れて定まらない。

「俺が必ず上に掛け合う。お前とルミナの命だけは、絶対に助けてみせる! だから、お願いだ……っ!」

 ユーゴの瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 教会の狂った正義に縋りつきながらも、幼い頃からずっと背中を守り合ってきた親友を、自らの手で見捨てることなどできるはずがなかった。

「甘すぎますよ、ブラン隊長」

 突如、氷のように冷酷な声がユーゴの背後から響いた。

 舌打ちと共に歩み出てきたのは、副隊長だった。

「ルミナという娘は生け捕りですが、反逆者シオンの処遇は『即時処刑』です。……そんな見苦しい迷いを見せているようでは、あなたも同罪として処理されますよ」

「待て、副隊長! 俺が説得を――」

 ユーゴが制止しようと手を伸ばすより早く、副隊長はユーゴの横をすり抜け、鋭く研ぎ澄まされた通常の凶刃を、シオンの首へと無慈悲に振り下ろした。

「やめろっっ!!」

 ユーゴの悲痛な絶叫が木霊する。

 シオンは死を覚悟した。だが次の瞬間、信じられないものが視界に飛び込んできた。

「シオンを……傷付けないで!!」

 小さな影が、シオンを庇うように飛び出してきたのだ。ルミナだった。

 彼女は両手を広げ、振り下ろされる刃の前に立ちはだかる。

 その瞬間、ルミナの「シオンを守りたい」という純粋で強烈な感情が、黄金の光となって溢れ出した。すると、地に伏せたシオンが固く握りしめていた漆黒の大剣『シリンダー・ブレード』がその光に呼応し、意思を持つように彼女の莫大な魔力を一気に吸い上げた。

 ドォォォォォォンッ!!

 大渓谷を揺るがすほどの爆発的な光が放たれた。

 ルミナの強烈な感情の力、メモリアが大剣のシリンダーに強制的に装填され、大暴走を引き起こしたのだ。

 黄金の光の奔流が、防ぐ間もなく教会の部隊を呑み込んだ。

「ギャアアアアアッ!?」

 シオンに刃を振り下ろそうとしていた副隊長は、至近距離からメモリアの暴発の直撃を受け、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。

 そして、その傍らにいたユーゴもまた、黄金の爆風をまともに受けて銀鎧と盾を木っ端微塵に砕かれ、血を吐きながら後方へと大きく弾き飛ばされた。

「ぐ、あァァ……ッ!」

 ユーゴが地面に叩きつけられる。

 ドゴォォォォォォンッ!!

 さらに、シリンダーから放たれた余剰エネルギーが、背後にそびえ立つ頑強な関所の門と外壁を直撃した。轟音と共に石造りの壁が粉々に砕け散り、もうもうと立ち込める土煙の向こう、本来なら通れるはずのない場所に、巨大な穴があいていた。

「……ったく、派手にやってくれるじゃない」

 兵士たちを峰打ちで昏倒させていたメリルが、粉塵を払って駆け寄ってきた。

「ほら、ボサッとしない! 走るわよ!」

(今だ……!)

 シオンは我に返り、咄嗟に大剣を拾い上げると、光の奔流に気を失ったルミナの体をしっかりと抱きかかえた。

「ユーゴ、すまない。俺たちはそっち側にはもう戻れない……っ!」

 シオンは血を吐くような思いで心の中で謝罪し、親友に背を向けた。そして、メリルと共に崩壊した関所の壁の向こう側へと駆け出した。

「シオンッ!! ルミナァァッ!!」

 瓦礫の山となった関所の前。

 全身を血に染め、深刻なダメージを負って立ち上がれないユーゴが、遠ざかる親友の背中に向かって、ただ絶望に塗れた手を伸ばし、泣き叫んでいた。

 降り注ぐ灰と土煙に包まれながら、シオンたちはついに王都の包囲網を強行突破し、北の地へと足を踏み入れた。

今回は、シオンと親友ユーゴの悲しいすれ違いを書きました。幼い頃から一緒に正義を誓い合ったからこそ、決して分かり合えない絶望。ユーゴの涙ながらの訴えは、書いていて苦しいものがありました。

そして、感情を失っていたはずのルミナが見せた、守りたいという強い思い。彼女の思いの光を吸い上げた大剣の暴走により、シオンたちは大きな代償を払って関所を突破しました。

親友と決別し、もう後戻りできなくなった彼らの反逆の旅路。次章も引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

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