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20時を過ぎた頃、昭人からメッセージが届いた。
『実里、寝ちゃったんだけど、このまま泊めてもいい?』
思わず電話をかけた。
『はい』
「メッセージ見た。どうしても起きなさそう?」
『あーうん、だね』
歯切れの悪い返事に違和感を感じた。
「ん?そのまま送ってくれてもいいけど。下で受け取るよ?」
『結構重いだろ?香菜子1人で運べないじゃん』
「何とかなるよ」
『いや、まぁ明日、日曜日だし。このまま寝かせて、明日の昼前に送るよ』
「…わかった。前に置いて行ったパジャマとか下着、あるよね?」
『ああ、ある。じゃ、明日、帰る時にまた連絡します』
「はい、お願いします」
何だろう、この感じ。香菜子は自分の第六感が働いてるような気がしていた。実里が昭人の家に予定外に泊まることは以前にもあった。その時は実里が帰りたくないと駄々をこね、香菜子も離婚した後めたさから娘に強く言えなかった。昭人もそんな様子を見て、今回だけと念を押して急遽泊まることがあった。でも今回は何かが違う。違和感の正体が分からずモヤモヤしたが、親であることは変わらないから問題ないと言い聞かせた。
日曜日、いつもならゆっくり過ごす朝だが、昨夜、実里が帰ってきていないこともあり、いつも通りに起床して連絡を待つことにした。
昭人から連絡が来たのは10時を過ぎた頃だった。
「お待たせ、ごめん。今から送ってく」
送られてきたメッセージに了解とだけ返事を送った。
20分ほどで昭人が実里を車に乗せてやってきた。
時間を見計らってエントランスで待機していた香菜子を見つけ、目の前に車を停めた。
「お母さん、ただいま」
「おかえり」
元気よく車から降りてきた娘に安堵しつつ、運転席を覗き込んで昭人に声をかける
「ありがと。お疲れ様」
「いや、泊まりになってごめん」
「仕方なかったんでしょ。大丈夫だった?」
「ああ、全然。実里、朝からめっちゃ食べたから、昼飯食べなかったらごめん」
「そうなの?起きてすぐ送ってくると思ったのに、朝、食べてきたんだ」
「あ、うん。喫茶店に寄ってきた」
「そう、ありがとう」
「お父さん、ありがとね。また連れてってね」
小学生高学年にもなると、子供でも女性だなぁと実里を見ながら香菜子は思った。
昭人の車を見送って、跳ねるようにマンションのエントランスに入っていく実里の背後から声をかける
「夕飯食べて寝ちゃったの?」
「え?あ、うん、そうなの」
ピタッと足を止めて、振り返らずに答えた実里に香菜子は続けた。
「ホントは?」
ゆっくり振り返った実里は、一瞬、気まずそうな顔を見せたが、すぐに笑って
「ん?ホントって?」
何かを隠しているのか、何か言いたくないことがあるのか、今、追求しても多分答えない。
「ん?なんでもないよ。とりあえず洗濯物出しちゃってね」
「はーい」
女の子は精神的な成長が早いとは言うが、子供は子供。親としては彼女が傷ついたり困っていれば手を貸したい。でも、無理に聞き出すことが正解だとは限らない。自分の感情だけで、子供に詰め寄るようなことはしたくないと言い聞かせて、それ以上の詮索はやめることにした。
その日の夜、夕飯の支度をしていると、実里から相談があると切り出された。香菜子は調理の手を止めて、実里とソファに座った。
「何かあった?」
「あのね、昨日、お父さんのところに泊まったでしょ?実はね…」
そこまで言って実里は口籠るような様子を見せた。香菜子は務めて冷静に穏やかな顔で覗き込んだ。
「私がお父さんと暮らしたいって言ったら、お母さんは悲しい?」
香菜子は一瞬で複雑な気持ちに支配された。
「それは、どうして?理由を聞いてもいい?」
「お母さんとお父さんが離婚するってなって、どっちと暮らすか聞かれた時、本当は迷ったの。私、2人とも大好きだし、一緒にいたいし。でも、お父さんとお母さんはもう一緒に暮らせないんだって思って、お父さんから、お母さんの方が私が困らない事が多いからって言われたから、お母さんと住むって言ったけど、お父さんは1人になってかわいそうって思って」
「そっか」
実里の目から涙が溢れそうになっている
「昨日、お父さんに会って、やっぱり1人なのはかわいそだし、私にできる事はないのかなって考えてて」
離婚は夫婦の問題だけではない現実を今更ながら娘に突きつけられた香菜子は、実里に返す言葉が見つからず、何も言えないでいた。
「お母さんと暮らして困ることは何もないの。いっぱい働いて家のこともしてくれて、私のためにしてくれてることも分かってるつもりだよ。でも、お父さんも昨日、私のためにって色々してくれて、私だけこのままでいいのかなって」
「実里…」
実里の目からは、溜め込んでいた涙が決壊したように流れ出していた。
香菜子は実里の肩を抱き寄せて優しく撫でた。
「ごめんね、お母さん、実里がそんなふうに思ってくれてるの気づかなかった」
「昨日ね、お父さんにも話した。そしたら、泊まってゆっくり考えようって言ってくれて」
「そうなのね」
昭人の歯切れの悪さの原因は、実里からの優しさを守るためだったのだ。
「実里、お母さんもお父さんも貴女のことを大事に思ってる。これは絶対。だから、貴女がしたいことに力を貸したいと思ってる。お父さんは何て言ってた?」
「お母さんと同じようなこと言われたよ」
よかった…昭人も実里を大切に思ってくれている。
「実里はどうしたい?」
「分からない。どうしたらいいんだろう」
「そうね…お母さんもお父さんも自分たちの都合で離婚したから、そのことで実里に負担をかけたくないって思ってたけど、実里を困らせちゃったね」
「ごめん」
「実里が謝ることじゃないよ。すぐに答えが出るとこじゃないし、時間をかけてゆっくり考えよう?」
「うん…」
泣き止んだ実里の両頬を軽く摘んだ。
「もう、やめてよ〜」
「さ、ご飯食べよ」
「うん」
笑顔で頷いた実里を残し、キッチンに戻って夕飯を仕上げる。
実里は話したことで少しスッキリしたのか、録画していた、お気に入りのアイドルの出ている歌番組を再生し始めた。
香菜子はスマホを手に取り、『実里から話を聞きました』とだけ送ってスマホを伏せた。
昭人からどんな返信が来るのか分からないが、どちらにしろ彼も少なからず悩んでいそうな気がした。




