第7話
ルクスとサーラは、婚約の発表が終わるとすぐに別室へと連れて行かれた。
貴族の誰かが「お二人にお時間を」と、余計な気遣いを見せたからだった。
部屋に入るなり、給仕が香りの良い紅茶とお菓子をテーブルに並べていく。
ルクスとサーラは、向かい合ってソファに腰を下ろした。
ルクスの脳内は、完全に状況整理が追いついていなかった。
勇者としての婚約話自体は、理解できた。
ガルーヴァから何度も聞かされていた。
「勇者の血がどうの」
「国がどうの」
という話だ。
だが、それらはすべて突っぱねてきた。
しかし今回は違う。
婚約は正式に決定し、相手は魔王の娘。
けれど今、彼女は先日教会でぶつかった時とはまるで違う。
長い赤髪は丁寧にまとめられ、黒のドレスがその逞しい体躯を美しく包んでいる。
化粧を施された顔立ちは、驚くほど整っていて、
そしてその瞳には、覚悟とも決意ともつかない、強い意志が宿っていた。
「……きれいだ」
気がつけば、ルクスの口からそんな言葉が、こぼれ落ちていた。
「……ありがとよ」
サーラは化粧の上からでもはっきり分かるほどに頬が真っ赤になる。
褒められ慣れていない様子が、なんだか意外で、ルクスまで少し照れてしまった。
その時、部屋のドアがノックされた。
「はっ、はいっ!」
ルクスが立ち上がると、扉が開いた。
最初に入ってきたのは王だった。
そのすぐ後ろから、サーラよりもさらに一回り大きい影が現れた。
身長が二メートル半は優に超え、肩や腕、胸板に至るまで、岩を積み上げたような筋肉の塊。
長い赤髪を後ろで束ね、威圧感を全身から放っている。
サーラが立ち上がり、髪を整えた。
「よい、邪魔したのう」
王が言った。
「この国の王よ、この男が勇者か?」
巨大な男がルクスを真正面から捉えた。
「そうじゃ。名をルクスという」
「俺はガルール・ベアルーシュだ。娘をよろしく頼むぞ」
ルクスは背筋を伸ばし、声を張った。
「はい!」
この状況で断れるはずもなかった。
自分がこれまで何百、何千と切り倒してきた魔王軍の頂点。
その男が、今、目の前に立っている。
そして王も同席している。
もしここで何か起これば、飛ぶのは自分の首だけではない。
ルクスは瞬時にそれを悟っていた。
ガルールは娘の方へ向いた。
「サーラ、お前も良き関係を築け。いいな」
「はっ、父上」
サーラが深々と頭を下げた。
「ふむ。仲はもう良いようじゃの。では邪魔者は去るとするか」
王と魔王は部屋を後にした。
サーラが先に、ソファに腰を下ろした。
ルクスはまだ、二人が出ていった扉を見つめたまま、立ち尽くしていた。
「勇者よ。まぁ、見ての通り政略結婚だ。白い婚約でいいな?」
サーラの率直すぎる言葉に、ルクスは顔だけを彼女の方へ向けた。
「白い婚約って……なんだ?」
サーラはため息をついた。
「……それを乙女に言わせるのか?」
「……すまん」
白い婚約とは何か、それを考える余裕はなかった。
ルクスの脳内は、さらに激しい情報の波に襲われていた。
勇者としての婚約、相手が魔王の娘、そして政略結婚。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
(あー、もうダメかも)
その極度のストレスが、聖女の祈りを呼び起こした。
教会と繋がる強大な神力が、体内へと流れ込んでくる。
ルクスの体が、内側から淡い金色の輝きを放ち、徐々に強まっていった。
混乱していた思考が驚くほどクリアになっていく。
「……分かった。その白い婚約っていうのが何かはまだよく知らないが、それで一人でも多くの命を救えるのなら構わない。俺には、この指輪に誓った女性がいる。生涯、結婚するのはその人と決めているからな」
ルクスは左手の指輪を見つめた。
サーラもその指輪に意識を落とし、目を細めた後、ふっと笑った。
「……そうか。願ったり叶ったりだ。こっちも、子供を産むなら好きな奴の方がいいからな」
「子供って……」
ルクスが繰り返すと、サーラはソファから立ち上がった。
「さあ、行くぞ勇者。みんなが待ってる」
「みんなって?」
二人は部屋を出て、王城の長い廊下を歩き、門を抜けた。
そこには、大勢の人だかりができていた。
人間、魔族、獣人、ドワーフ。
皆が一様に期待と興奮を浮かべ、関心をこちらに集中させていた。
勇者と魔王の娘の婚約。
それはこの国にとって、ただの政略結婚などではなかった。
長きにわたる戦争の終わりを、誰もが心の底から祈っていたのだ。
歓声が押し寄せてくる。
「勇者ルクス様! おめでとうございます!」
「サーラ様! どうか平和を――!」
「この婚約で、ようやく……!」
ルクスはサーラの方を見た。
彼女は笑みを浮かべている。
その横顔は、本物の王女のようだった。




