第6話
ある朝。
ルクスは街中を走り込み、汗をびっしょりかいてギルドの前に戻ってきた。
「おっ、戻ってきたな」
ギルドの入り口で待っていたガルーヴァが、手招きした。
「父さん? どうした? 何かあったのか?」
「行くぞ」
ガルーヴァが短く告げると同時に、ルクスの身体が浮いた。
彼は小脇に抱えられ、猛烈な速度で移動が始まった。
「ちょっと! なんだ!? 歩けるから! 降ろせって!」
「だめだ! きっと逃げるからな!」
「逃げるってなんだ!? 敵か!? 俺は逃げねぇ! どんな困難からもだ!」
「そうか、じゃあ一安心だな」
気がつけばルクスは馬車に揺られ、王城にたどり着いていた。
そしてあれよあれよという間に玉座の間に跪かせられていた。
普段の軽装とはまるで違う、白を基調とした正装に着替えさせられ、体中を念入りに洗われ、髪まで整えられていた。
後ろにはガルーヴァが控えている。
「頭を上げるな。何を言われても『はい』以外は言うな。分かったな」
「……分かったよ」
ルクスが小さく頷いたその横に、静かに影が現れた。
彼は言われた通り、そちらを見ようとしなかった。
周囲の貴族たちが口を開いた。
「本件の法理的正当性を……」
「勇者ルクス殿の有する……」
「相互補完的戦略的……」
「王家・魔王家二重主権均衡論……」
「両陣営の民衆心理に……」
「……なのであります!」
「その通り!」
「異論なし!」
貴族たちが意味不明の専門用語を連発する。
ルクスには「神託典」とか「血盟」とか「最適化策」とか、半分も理解できなかった。
ただ、みんながすごい勢いで難しい言葉を並べ立てていることだけは分かった。
頭がくらくらしてきた頃、ようやく王の重々しい声が、貴族たちの茶番を断ち切った。
「では、これにより、勇者ルクスと魔王の娘であるサーラとの婚約を決定とする」
ルクスは反射的に、大きな声で答えた。
「はい!」
(……ん? 婚約? ん? ん?)
ようやく、右側の影に意識を向けた。
そこにいたのは、つい数日前に教会でぶつかった、あの女性だった。
長い赤髪を後ろでまとめ、黒いドレスに包まれた体躯。
サーラ・ベアルーシュ。
彼女もルクスの方を見下ろした。
「よろしくな。勇者様」
「……はい」
こうして、勇者ルクスは魔王の娘との婚約が成立した。




