第10話
王が一歩前に出た。
「騎士が、悪いことをしたな」
ルクスは頭を下げた。
「いえ、申し訳ありません」
「思うところはあろうが……よろしく頼んだぞ、勇者よ」
ルクスは顔を上げ、しっかりと王の目を見つめた。
「……はい」
その一言で、すべてが決まってしまった。
政略結婚。
魔王の娘との婚約。
そして、平和のための「白い婚約」。
子供の頃に交わした、あの純粋な約束を胸に抱いたまま。
本当に、もう逃げ場を失ったのだ。
ルクスは左の拳を強く握りしめた。
(婚約かぁ……まだ、会えていないのに)
その後、ルクスは地獄を味わった。
「ねえねえ、いつから付き合ってたの?」
「どこで出会ったの?」
「告白はどっちから?」
ギルドの仲間たちが、ルクスを取り囲んだ。
質問の嵐は止む気配がない。
誰かが一つ答えを出すたびに、新しい質問が十個生まれる。
限界だった。
「ごめん、ちょっと用事思い出した!」
ルクスは全力で走り出した。
背後から「待てー!」という声が追いかけてくるが、勇者の脚力は伊達じゃない。
街を突っ切り、城壁を越え、遠くの丘の上まで一気に逃げ切った。
そこでルクスは草の上に寝転がり、空を眺めた。
空が紫色に染まっていくまで何も考えずに、ただ流れていく雲を追っていた。
そのまま目を閉じた。
夜が完全に訪れた頃、ルクスは街に戻ってきた。
行きつけの酒場は仲間で溢れているに違いない。
だから今日は少し値の張る、街の高級レストランに向かった。
ここなら、ギルドの連中はまず来ないだろう。
美味いものを食って、早く寝る。
それだけが今の望みだった。
木の扉を押し開けると、照明と上品な香りが迎えてくれた。
「おっ、坊ちゃん。やっぱりこっちに来たか」
聞き覚えのある声。
ルクスは固まった。
入口近くの四人掛けの席に、ドワーフの少女が悠然と座っていた。
いつもは革の作業着姿のディローダが、今日は珍しくこじゃれた紺色のドレスを着込んでいる。
三つ編みの茶髪も丁寧に整えられ、いつもより少し大人びて見えた。
「ディローダ……マジかよ」
「ははっ、おっと、別にここで張ってたわけじゃねーぜ。俺も呼ばれただけだからよぉ」
ルクスがディローダのドレスを見つめた。
「ディローダ、似合ってるな」
「はっ!? はあ!? 何言ってんだ、バカ! その言葉はそいつに言ってやれ!」
ディローダが人差し指でルクスの後ろを指差すと同時に、落ち着いた声が響いた。
「待たせたな」
ルクスが振り返ると、そこにサーラが立っていた。
先ほどまで着ていた黒のドレスから、鮮やかな赤のドレスに着替えていた。
その後ろから、黒い兎耳が覗いた。
おそらく、ラヴャーナだ。
「ああ、俺も今来たところだ」
ルクスがそう答えると、すぐに足元に衝撃が走った。
「坊ちゃん」
ディローダの小声と同時に、蹴られた。
「わかってるよ」
ルクスはサーラの全身を上から下まで見つめた。
「そのドレスも、似合ってるな」
サーラの頬が、わずかに赤らんだ。
「おう……ありがとう」
ラヴャーナがサーラの後ろから顔を出した。
「勇者、いつまでお嬢様を立たせておくつもりだ」
四人は席に着いた。
ディローダの左にルクスが座り、その真正面にサーラ。
ラヴャーナはサーラの左に陣取る形になった。




