六話
いつまでたっても何も言わない私を見て、男はがっかりとしたように肩を落とした。
「おや……?私の声をお忘れですか?拍子抜けですねぇ……Ladies and gentlemen!なぁんて言ったら、思い出します?」
わざわざ前回と同じ声のトーンで同じセリフを言わないで!
恐怖と怒りが私の中で複雑に入り交ざる。
「忘れるわけ、ないでしょう……!やっぱり、あなたが……殺したのね?……私の両親を!」
「正確には、あなたと、あなたの従姉妹の両親ですけどね?」
男は片眉を上げ、ひょいっと肩をすくめた。
「この……!知っているわよ!」
どこまで人を馬鹿にすれば気が済むの!
机の上にあった料理を切るためのナイフを鷲掴み、男に向かって投げる。
「おぉっとぉ!危ない危ない。いや~、礼儀がなっていないお嬢さんだ。」
大げさな口調とは反対に、軽く飛びのけてナイフを避け、余裕ありげににっこりと笑みを浮かべて見せた。
「いいんですかぁ?ここで騒いで警備員にばれたら、親の仇も取れずに屋敷へ閉じ込められて、私に隙を突かれ殺されるかも!」
男は一息に言うと、しゃがんだままうっとりと天を仰ぐ。
「あぁ、それはそれでいいですねぇ……。とっても面白そうだ。……そうしてしまいましょうか?」
警備員たちがいる入口のほうを流し目で見て、妖しく笑った。
まずいわね。警備員に言われたら、今のようには動けなくなってしまう……!
冷汗がたらりと頬を伝った。
「……いや、それはまだいけませんね。あなたにはもっともっと奮闘してもらわないと。そのために今、ヒントを与えているのですし。」
「……何を言っているの?」
私の問いには答えず、男は気味悪く笑う。
言い返そうとした時、入口のドアが勢い良く開いた。
男が、しゃがんだまま動けない私を隠すように前に立つ。
「おい、新入り!ちんたら何やってんだ!減給するぞ!」
「しちゃうっス!」
入ってきたのは、さっきの二人の警備員だった。
男は警備員たちに聞こえないように小さく舌打ちをして、へらへらと謝った。
「……あぁ、先輩方すみません!どうやらかわいい子猫が入ってきたようで、手間取ってしまって。」
「んだよ!猫ごときに手間取るなんて、どんくせぇ奴だな。」
「猫だったんスか!見たいっス!」
「いやぁ~。残念ながら見せられないですね。もう俺が逃がしてしまったので。」
男の言葉を聞くと、悪態をつきながら二人は出て行った。
「……邪魔が入ってしまいましたね。興ざめです。」
男が深くため息をつき、オレンジ色の髪をかき上げる。
「まぁ、せいぜい醜く美しくあがいてください。……あなたの復讐、果たせたらいいですね?どんな結果になっても、見ものになりそうだ!」
訳が分からない。芝居めいた口調と、男の言っていることがおかしいから……?
わからないからこそ怖い。本当は首を絞めてやりたいのに、恐怖で足すら動かないなんて……。
「私は面白いものが一等好きなのです。カーラと、あなたの従姉妹のカロル。あなたたちの行く末が、気になって気になって仕方ない!これ以上の喜劇はないと思うぐらいだ!」
嬉しそうに腕を広げて、一方的に語りだす。
「あなたが前に進もうとしても、復讐へ墜ちても。どちらも実にwonderful!とても素晴らしい!」
男は愉快そうに目を細める。
「……そんなあなたを見て、あなたの従姉妹はどこまで沈んでいくのか……。くくっ、これからが楽しみです。」
まるで舞台の続きを待ち望む観客のように、笑った。
「……さぁ、失望させないようこれからも頑張ってください?ちゃーんと見守っていますから。」
上品に礼をすると、警備服を翻して背を向ける。
言いたいことだけ言って、逃げるなんて卑怯よ!
それに、まだ何もできていない!
お父様とお母様の仇を取るためのチャンスなのに……!
「ちょっと……!」
とっさにつかんで止めようと手を伸ばしたけれど、届かない。
男はホールを出る前に、一度だけ振り返って妖艶な笑みを浮かべた。
手を伸ばしたままの私の前で、無情にも扉は閉まったのだった。
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