二話
ぴちょん。ぴちょん。
机から滴り落ちていく、両親の血を見つめる。
「……じょ……さ……カーラお嬢様!」
だんだんと、遠ざかっていた声がはっきりとしてきた。アルミの声ね。
私は右隣にいたアルミに視線を向けた。
アルミは真っ青な顔をして、目に涙を浮かべていた。
「カーラお嬢様!さっきから何度も呼んでいたのですよ。とにかく、ここから出ましょう!」
「……どこへ行くというの?」
「……え?」
「お父様とお母様、そしてお、叔父様と……叔母様だって殺されてしまった!ここだって安全だと決まっていない。ここから出ても、他に血縁者がいない私に行くあてなんて何もないのよ。私は……もう、行くところなんて……。」
深い方へ、暗い方へと思考が沈んでいく。
アルミが顔をこわばらせた。
「ちょっと!勝手に私をいない前提で話さないでほしいわ!」
私の横に立っていたカロルが声を上げた。会場にわんわんと声が響く。
「私もお父様とお母様を殺された。一緒よ。私たちは一緒なの。カーラ。ここで立ち止まっていても何も変わらないはずよ。この困難な時を私達で一緒に乗り越えましょう?」
こんな時でもカロルは陽だまりのような笑顔を向けてくれる。
カロルも両親を殺されたのに、気丈にふるまってくれているのだ。私も現実を見なければ。
「……そうよね。今は、安全が第一だわ。」
「えぇ。」
深呼吸をして周りを見渡す。逃げ遅れた人はいなそうだ。
お行儀が悪いけれど、走って外へと向かう。
向かっている途中に、床に違和感があった。
ここだけ床の素材や色が違う。
何かを急いで隠すように、雑な仕上がりだ。
つい立ち止まった。
「ねえ、ちょっと……。」
「カーラ?とりあえず出てからにしましょ!」
「少し気になることがあるの!ごめんなさい!いったん戻るわ。」
「ダメよ!安全が第一って言ったわよね?……ね?」
カロルは変な表情を浮かべた。口元は笑っているのに、目が笑っていないような。
昔から時折見せるその表情は、一瞬で消え、諭すような表情を浮かべた。
「また戻ればいいじゃない。その時に確かめましょ。」
「カーラお嬢様。今はあなたの命が最優先です。」
「……わかったわ。」
自分のわがままに、二人も危険にさらすわけにはいかない。
後ろ髪を引かれながらも、私達は外へと向かった。
「……っ、はぁ~!こんなに走ったのって、久しぶり!」
「……そう、ね。」
「途中で襲撃者と出会わなかったことが救いですね。」
ぜいぜいと肩で息をする私達とは反対に、普段から鍛えられているアルミは顔色が悪いが余裕そうだった。
アルミにとっては主人である人の生首を見たのだ。
体力はあっても、精神面は辛いはずよね。
一声かけて、気が紛れてほしいわね。
「ずいぶんと体力があるのね。アルミ。すごいわ。」
「ありがとうございます。ボディーガード兼メイドですので、体力には自信があるのです。」
軽く微笑んで、むんっ、と力こぶを見せてくれた。
わぁ~、と歓声をあげてカロルはつんつんと指でつつく。
和やかな雰囲気の二人を見ると、少し息がしやすくなった気がした。
「それは頼もしい……わ…ね…。あら……?」
突如、ぐらりと視界が揺れて、私の視界は暗転した。
♦♦♦♦♦♦
カチャリ……カチャン。
「ん……。」
右から聞こえてくる物音に目を開けると、見知らぬ天井が見えた。
身を起こして見回すと、小さなかわいらしい小屋のようだった。
「カーラ、やっと起きたのね!もう……すごく心配したわ。ここを知られるわけにはいかないから、お医者様も呼べないし……。アルミは疲労だっていうから寝かせておいたけれど、丸一日寝ているんだもの!でも、起きてよかった!カーラまでいなくなったら私……私は……。」
「カロル……。ごめんね。心配かけたわね。」
ベッドから、下を向いてしまったカロルをそっと抱きしめた。
「ううん……。起きてよかった……本当に。……あ、そうそう!これ、限られていた食料でアルミが作ってくれたのよ。食べられるかしら?」
目の前に湯気がたつ卵のおかゆとスプーンを置いてくれた。こんな時でもお腹はすくのね。
「いただくわ。おいしそう。アルミはどこに?」
「隣の部屋で寝ているわ。カーラを寝ずに看病してくれていたのよ。おかゆを作って、ようやく寝たところ。」
「そうなのね。後でしっかりお礼を言わないと。」
「お礼も大事だけれど、今は元気になることが大切よ。」
「……えぇ。いただきます。……おいしい。」
懐かしい。アルミの味だ。昔も病気の時だけは、アルミが作ってくれていた。
「あ……。」
ぼろぼろと涙が頬を伝って、ベッドにシミができる。
あぁ。なんて情けないんだろう。復讐を誓ったのに。こんなところで休んでいる暇などないのに。
安心してしまった私に嫌気がさす。
一口、また一口、と食べ進めていくうちにおかゆが心まで温めてくれた気がした。
それを感じるたびに、失ったものの大きさを思い知らされる。
このままではいられない。そう感じた。




