一話
少々グロいかもしれません……。
幸せだった十五年間の日々が、形を変えながらも一生続くと思っていた。
そんなこと、決まっているわけではないのに。
♦♦♦♦
私は、アリッサー・カーラ。
ゆるくウェーブした赤茶色の髪に、髪の色を薄めたようなティーローズ色の瞳をもつ十五歳だ。
私が一人っ子であるからか、少し過保護な両親に大切に育てられてきたと思う。
そんなお父様とお母様に内緒で、いつもはなかなか言えない感謝の言葉を綴った手紙を、家庭教師と相談しながら書いた。
今は私の引き出しにこっそりしまっておいてある。
普段はこんなことできないけれど、明日は私の誕生日!
この国では十六歳で成人なので、成人の日でもある。
こんな機会を逃したら、言えなくなってしまう気がした。
♢♢♢
私の部屋の扉が軽くノックされた。
「カーラお嬢様。入室してもよろしいでしょうか?」
長い間私のお世話をしてくれている、メイドのアルミの声だ。
誤字がないか不安になって読み直していた両親への手紙を、あわてて隠す。
「どうぞ!」
「失礼いたします。」
扉を静かに開けたアルミの手にはお化粧道具が握られていた。
続けて二人入ってきた。見覚えのない顔だ。見分けがつかないくらいにそっくりね。
十一歳ぐらいかしら?
どこかぎこちなくて、初々しい様子が可愛らしい。
二人は、はさみや櫛など、髪を整える道具を持っていた。
「「お初にお目にかかります。アルミ様の教育を受けさせていただき、今日はお嬢様の身支度を整えさせていただくことになりました。」」
「姉のハルと申します!」
ハルは豊かな金髪を後ろにまとめて三つ編みにしている。
「妹のジルと申します!」
ジルはハルと同じ色の髪を、二つの三つ編みにしていた。ハルより高い声だ。
「「双子です!」」
髪型が変わっても、声の高さで見分けられそうね。
「二人とも、愛らしい様子がそっくりね。ハル、ジル。よろしくね。頼りにしているわ。」
少しでも緊張が解けるように、柔らかい笑みを返した。
ところで……
「さすがに準備をするにはまだ早いのではなくて?」
アルミ達が持っている道具を見る。
私の誕生会は、夕方からのはずだ。
ちらりと窓を見ても、まだ太陽は昇りきっていない。
「何をおっしゃいますか!人生で一回しかないカーラお嬢様の誕生日と成人の日!時間が足りないくらいですよ。」
いつもは冷静なアルミも、やる気を出してくれているようだ。
「さぁ!カーラお嬢様をとびきり美しく仕上げて!私も手伝いたいところだけれど、誕生会の準備を手配しなくてはならないの。あなたたちに任せたわよ。」
「「はい!それではお嬢様!失礼いたします!」」
優秀なメイドであるアルミによって鍛えられたハルとジルは、息ぴったりだ。
「よろしくお願いね。」
満面の笑みを浮かべてくれた二人を見て、名残惜しそうにアルミは部屋を出ていった。
「「お嬢様!まずは入浴でございます!」」
「えぇ。」
「「お嬢様!次にこちらの服へ着替えましょう!」」
「そうね。」
「「お嬢様!御髪を整えている間に、こちらをお飲みください!」」
「わか……これは飲んでも大丈夫なものなのかしら?」
渡されたコップを覗き込み、失礼な質問をしてしまった。
コップの中に入っていた液体は毒々しい紫色で、泡がコポコポと浮かんできている。
……なんでまだ沸騰しているのかな?
「私たちとアルミ様で作りました。見た目はあんまりですが、美肌効果があるのです。おかわりもありますよ!」
「あるのです!」
「ありがとう。後でお願いしてもいいかしら。」
渡された液体は少しずつ飲んだ。はちみつを溶かしたように甘いのに爽やかで、不思議と飲みやすい。
飲み進めると美味しくて、もう一杯入れてもらった。
お父様に、商品にできないか聞いてみたいところね。
あの毒々しい見た目をなんとかできればいいのだけれど。
「「お嬢様!おきれいです!」」
年相応のはしゃいだような声に、ハッと我に返った。
うつむきかけていた顔を上げて目の前の鏡を見る。
「わぁ……!いつもと違って見えるわ!すごい!」
鏡には、ラベンダー色のマーメイドラインのドレスを着た、お化粧を施した私が映っていた。
普段はボリュームのあるスカートのAラインドレスを着ていたから、いつもより大人っぽかった。
「パーティーにいらっしゃった人たちも、きっと見とれちゃいます!」
「お嬢様。こんなに美しいのですから、今日は特に誘拐されないよう気を付けてください。」
まじめな表情でジルが言い、思わず笑ってしまった。
「ありがとう。二人の腕前のおかげね。」
「「お嬢様が元から可愛らしいからです!」」
謙遜してくれる、優しい子たちね。
身支度を整えてくれたお礼に、私が最近ハマっているマカロンの詰め合わせを贈ったら喜んでくれた。
アルミにばれたら怒られちゃうかしら。
アルミには秘密よ、と言って片目をつぶると、二人も同じように片目をつぶってくれた。
とぉ~っても可愛かった。
……私の専属メイドになってくれないかしら。
そんな願望が芽生えた瞬間だった。
ハルとジルが入れてくれた紅茶を飲んで一息ついていると、騒がしかった扉の外がだんだんと落ち着いてきた。
彼女たちは顔を見合わせて、にやりと笑う。
「お嬢様!ホールを見に行きませんか?」
「下見しましょう!」
期待した目を向けられた。
私の誕生パーティーは、家のホールで行われる予定だ。
私もホールの様子は気になるけど。
「勝手に出歩いて、怒られないかしら。」
「すぐ戻れば大丈夫ですよ!お嬢様だって気になるでしょう?」
「でしょ?」
まだ幼い彼女たちは、好奇心には勝てないようだ。
「ちょっとだけよ?」
「「わーい!」」
無邪気に喜ぶハルとジルを見ると、心が安らぐ。
「じゃあ、行きましょうか。」
「「はい!」」
二人と話していると、いつの間にかホールに着いた。
人がいないか確認してから大きな扉を押して中へ入る。
「「「!」」」
声を上げそうになった口を慌てて両手で抑える。
本当に、きれいだった。
壁に色とりどりの飾りが付けられ、数えきれないほどある机の上には、先ほど並べられたのであろうバラが生けてある。天井のシャンデリアまで、さらに大きくて明るいものへと変えられていた。
ここに、料理人が腕を振るったたくさんの料理が並べられるのだろう。
「まるで夢のようね……。」
想像して、思わずうっとりとため息をつく。
きっと今日は一生の思い出に残る日になる。そう思った。
部屋へ戻ってごろごろしていると、あっという間に誕生パーティーの時間になった。
続々と、招待状を送った人たちが大きく開けられたホールの扉からいらっしゃる。
扉の横へ立ち、来てくれた友達や友達のご両親に挨拶を交わしていく。
すると突然、
「カーラーー!!」
「きゃっ!」
軽く衝撃を感じた。飛びついてきたのは、同い年である従姉妹のカロルだった。
飛びついてきた衝撃で、カロルの淡い桃色の髪がふんわりと広がった。
「カロル!久しぶりね!元気にしてた?」
「えぇ、もちろん!カーラに会いたくて、馬車を限界まで飛ばしてもらっちゃった!」
えへへ、とはにかんで深紅の瞳をやわらかく細めるカロルはまるでどこかの絵本から飛び出してきたお姫様のよう。
私の小さいころから憧れの従姉妹だ。
昔、カロルが叔父様と叔母様に怒られて、泣きながら私の部屋に来たところをお父様とお母様が優しく迎えていた。
そんなことがあったからか、カロルもお父様とお母様が大好きで姉妹のように育った。
「ふふっ。そんなに急いでいたら、また昔のように転んでしまうわよ?」
ふざけて、肩をすくめた。
「あら!カーラだって、よくいたずらしていたじゃない!例えばそうね、屋敷のカーテンを全部とって、気球にして屋根から飛ぼうとしていたわよね?」
「そ、それは昔の話よ!」
「最近の話では、黒猫に引っかかれて、黒色のピアノが弾けなくなったとかかしらねぇ。」
「カロルったらいじわるね……。」
私が頬を膨らませてみせると、カロルがころころと笑った。
カロルの周りを見回し、首をかしげた。
「あれ?叔父様と叔母様はどちらにいらっしゃるの?」
「えーっと、確かカーラのお父様とお母様を連れてくる、とおっしゃっていたわ。」
「あら、そうなの?たしかになかなか来ないわね。お忙しいのかしら。連れてきていただくなんて、後で叔父様と叔母様にお礼を言わなくちゃ。」
「そんなに気にしなくていいのに。」
クスッと笑い声をあげた。
「それにしても、叔父様と叔母様がカロルのそばを離れるなんて珍しいわ。」
「……そうかしら?」
「えぇ。あんなに娘を想ってくれている両親はなかなかいないわよ。」
「……そう、ね。」
一瞬、カロルはもどかしそうに顔をゆがめた……気がしたのだが、
「そうそう!カーラ。誕生日おめでとう!まだ少し早いけど、一番に言いたかったの。」
すぐに華やぐ笑顔に変わった。
様子がおかしく見えたけど、気のせいかしら?
友達やカロルと談笑していると、少しおなかがすいてきた。タイミングを見計らって運び込まれた色とりどりの料理に、みんなで歓声をあげて喜ぶ。
みんなで食べた料理は格別に美味しく、一人ずつカットされた料理長の秘伝のケーキは、誕生日用に豪華になっていた。
お父様とお母様はもう召し上がったのかしら?
両親を叔父様と叔母様が呼びにいってくださったのにこんなに経ってもいらっしゃらないのは、さすがにおかしい。
ホールの大時計はもうすぐ十二時を指す。
誕生日を迎えてしまう前に、両親へ手紙を渡したい。
両親達をハルとジルに探しに行ってもらった。
私は主催者側なので、その場を離れるわけにはいかない。
言葉では言い表せない不安を感じた。
「Ladies and gentlemen!」
突如、照明が消え、若い男の声がホールに響いた。ざわざわとしていた周りが、静まり返った。
こんな出し物があるなんて聞いてないけど、何かのサプライズかしら?
隣にいるカロルを見ると、紫色の目をこぼれ落ちそうなほど見開いて輝かせている。
「長らくお待たせいたしました~!いや~、とっても大変でした~!……ん?ふむふむ。何が一番大変だったかって?一番は、何より運んでくることですね!はい!それでは、カーラ様のご両親、そして従姉妹であるカロル様のご両親の登場です!」
聞いていないことにも答える男の声から、やけに楽しそうな様子が伝わってきた。
お父様達を運ぶという言い方に違和感を覚えた。
「それでは皆様、こちらにご注目~!!」
瞬きをする間もなくライトが消え、どこからともなくスネアのロールの音が聞こえてくる。
だんだんとロールの音が大きくなっていくと共に、私の嫌な予感も膨らんでいく。
ジャンッとシンバルの音が鳴り響くと同時に、ロールの音も途切れ、天井のシャンデリアがついた。
目が慣れてくる。ゆっくりと。でも確実に。
さっきの男の言葉が頭の中を駆け巡る。
目を開けてはいけないと本能が叫んでいるような。
なのに。
目の前の机の上に置いてある物を見た。見てしまった。不幸にも、一列に並んだ四つのものを全て。ハッキリと。
「い、いやあぁぁぁぁっ!!」
まるで見せつけるようにきれいに並べられている、私とカロルの……両親の生首だった。
目をそらしたくてもそらせない。勝手に情報が視界から入ってくる。
白かったテーブルクロスが真っ赤に染まっているのは、鮮血だろう。
お父様とお母様、叔父様と叔母様の顔が苦痛に歪んでいる。
あぁ……。
涙をぬぐってもぬぐっても止まらない。ぼんやりとにじんだ顔を食い入るように見つめる。
痛かったでしょう。苦しかったでしょう。何でこんなむごいことを。あの男がやったの……?
一拍遅れて、嘔吐する人が出てきた。
全員が悲鳴を上げ、扉を目指して一心不乱に走り出す。
そんな中、私は呆然と立ち尽くしていた。
「お父様……お母様……っ!」
震える声で呼びかけても、返事が返ってこない。
「起きてっ!起きてください!そして、もう一度こっちを見て笑いかけて……?……あ、わかりましたよ!私へのサプライズですか?机の下にじつは身体があるのでしょう?」
体を無理やり動かして、テーブルクロスをめくった。
何もない。何も。
「……っ!」
やっと、理解した。
お父様とお母様は、死んでしまった。
あの幸せだった日々は返ってこない。
ゆっくりと周りを見ると、さっきまで穏やかなパーティーだったホールは、地獄絵図のような空間に代わってしまっていた。
でも、悲鳴は私の耳を通り抜けていく。
両親を殺した犯人を捕まえて、同じような地獄を味わわせることができれば。
そうすれば……。
ゴーン、ゴーンと無情にも深夜十二時を告げる鐘が鳴り響く。
鐘が鳴り続ける間も、アルミが真っ青な顔をして私を揺さぶっている間も。私は片時も両親から目を離さなかった。
見続けてやろう。この悲惨な光景を忘れないように。
血の流れる量や角度さえ覚えて、同じ目に遭わせてやろう。
今は追えないけれど、絶対に見つけ出して復讐してやる。
両親の生首の前に立ち、私は復讐を誓った。
隣にいるカロルが、同じように私の両親の生首を見続け、嬉しそうに頬を赤らめていることを知らずに。
こうして、私は一生の思い出に残る誕生日と成人を迎えたのだった。




