表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/38

通学電車

 朝、いつも見かける風景。


 人々が各々に地下鉄の駅のホームに立ち、来たる電車を見詰めている。いまだ姿の見せない電車を、まるで幻でも見るかのように。

 朝の澄んだ空気を無意識に吸い込んでは吐き出して、各々の目的のためにそこにいる。

 通勤途中のサラリーマンとかOLとか。周りをまるで無視しているかのように、自分らの世界に没頭しているようにも見えて。自分もきっとその中の一人なんだろうな、と思うとなぜか空しくなってきた。

 俺はそんな空しさを振り切るように周りを一望してみる。相変わらずの人の群れ。人の群れでごった返している駅のホーム。ざわざわとした雑音の向こうにアナウンスがぼそぼそと聞こえてきていた。

 (いつもと同じ風景だよな)

 思いつつ、やっぱり周りを見渡してしまう。そんな俺は周りから見たらちょっとおかしいのかもしれないけれど。それでもなぜか、周りを見渡すことを止められないかった。自分と同じように周りを見渡している人を探すかのようにして、俺は毎朝同じように見渡してしまうのだ。


『まもなく、一番ホームに電車が到着いたします。白線の内側までお下がりください。まもなく……』


 無意識にアナウンスに耳を澄ました。ふと電車が来る方向へと視線を向けると、小さく小さくこちらへ進んでくる電車のライトが姿を現していたのが見えた。

 個々無尽に立っていた人たちがそのアナウンスをきっかけに、わらわらと集まってくる。電車のドアの位置を示された場所へと皆が集まってきて、俺はその群れの一員となる。朝の澄んだ空気が人の体温でだんだんと温まってくるような、むわっとした感覚が身を包み、俺はひっそりと眉をしかめた。人の体温は苦手だ。


 ゴーっという轟音とともに電車はホームへと進入し、停車位置でぴたりと止まる。そして、プシューと排気音を立てながらドアが開く。それをぼんやりとまるで、夢を見ているかのような心境で俺はそれを眺めた。

 その開いたドアを目指して、人々は一気に車内へと押し流されるかのようにして入っていくのだ。俺もまた周りの人々に押されながら車内へと入る。ぐ、と息が詰まりそうなほどに込み合っている車内の隙間に、埋め込まれるかのようにして踏ん張って立っている俺の姿がふと窓に映し出された。情けないほど苦痛にゆがんでいた顔を見て、にわかに笑いが込みあがってくるが、それもいつものことだった。つり革からはわずかに遠く、どこにもつかまる場所なんてない。両足を踏ん張って、電車の揺れに耐えるしかないような、そんな場所。

 電車のドアが閉まる音が遠くに聞こえ、じわりじわりと加速する。流れていく、なんの変哲もない地下のトンネルの風景を瞳に映しながら、俺はいつものように辺りに耳を澄ました。シャカシャカとだれかのウォークマンの音が小さく漏れる。ペラペラと本のページをめくる音が聞こえる。遠くからはだれかが話しているのだろう話し声が。

 俺はうんざりとしたようにまた、なにも見えない窓の外を眺め始める。トンネルの暗い中を走る電車の窓に映る車内の映像を、無視するようにして。


 ──相変わらず、シャカシャカとウォークマンの音が漏れていた。


 だんだんと耳につき、うるさいと感じてしまう。朝の通学途中での電車の中では、それくらいしか暇つぶしになるようなものなんてないのだろうけど。分かっていてもうるさいのだ。たぶん隣にいる人間のものなのだろうその音が、耳にこびりつき始めてくる。激しい曲調なのか音はよりいっそう響きだし、俺はとうとう我慢できずに窓越しにどんなやつが聞いているのかと見てやった。薄ぼんやりと窓に映る俺の隣に立っている人に視線を合わせる。

 窓に映っていたその人影は、俺と同じように学生服を身に着けていた。そして、俺と同じように窓をじっと見詰めていたのだ。見詰めた窓越しに視線が合う。

 ふいを突かれてどきりと跳ね上がる鼓動が身体中に響いて、一気にかあっと顔に血が上ってきた。

 短くそろえられた前髪の後ろに凛々しく伸びた眉があり、その下の鋭い瞳がまっすぐに俺を見ているのだ。視線が合っているいまもなお、逸らすことなくまっすぐに見詰めてくる。表情はなにも変わらず、俺一人だけが真っ赤になりうろたえていた。どうしていいのか分からないままに俺は慌てて視線をはずし足元を見詰めてしまう。まるで余韻のように鼓動は跳ね止まず、顔に集結した血液も散ろうとはしてくれなかった。顔全体に突き刺さるように感じる視線が、俺には痛いほどに伝わってきていた。まだ、あいつは俺を見てる。そう確信できてしまうほどに強い視線が俺を見詰め、離そうとはしない。

 ちらりと視線を上げるのもできないままに俺はずっと俯いたまま、耳に聞こえるシャカシャカ音を無視し続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ