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女騎士団長様の仕立て直し ~その心、私が優しく縫い合わせます~  作者: 団田図


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第30話 愛の終身刑

 夕刻。騎士団本部、第零班ゼロ執務室。

 窓のない部屋は、いつも通りの静けさに包まれていた。

 ベラはクラリスの執務机の前に立ち、先ほどの封筒を差し出した。


「……辞表です」


 クラリスがビクリと肩を震わせる。

 ベラは努めて冷静に言葉を紡いだ。


「今回の事件は解決しました。私の目的も達せられました。……私は復讐という私情でこの神聖な騎士団に入団し、団長を利用していました。そのけじめとして、一度退職し、処罰を受けるべきだと考えます」


 もっともらしい理屈だ。

 だが本音は、自分の汚れた過去が、英雄となったクラリスの経歴に傷をつけるのを恐れてのことだった。


「……元のお針子に戻ります。今まで、ありがとうございました」


 ベラが頭を下げる。

 長い沈黙があった。

 紙切れ一枚の重さが、部屋の空気を圧迫する。


「……面を上げろ」


 クラリスの声は低く、冷たかった。

 ベラが顔を上げると、そこにはかつての「氷の処刑人」の表情があった。

 感情を殺し、絶対零度の瞳でベラを見下ろしている。


「……ベラ・ガーランド」

「はい」

「貴様は、私を欺いていたと言うのか?」

「……はい」

「私が寒いと言った時、貴様が掛けてくれた毛布は嘘だったのか?」

「……」

「私が空腹で倒れそうな時、作ってくれたスープの温かさも、嘘だったのか?」


 ベラは唇を噛んだ。

 嘘なわけがない。あれは全部、心からの行動だった。


「……答えろ!」

「……嘘では、ありません! ですが、私は……!」


 バンッ!!

 クラリスが机を叩き、立ち上がった。

 そして、ベラが差し出した辞表をひったくるように掴み取った。


「却下だ」


 ビリッ!!

 クラリスは辞表を真ん中から引き裂いた。

 さらに重ねて、ビリビリ、ビリビリ。

 細切れになった紙片を空中に放り投げ、掌をかざす。


「凍てつけ! 『ダイヤモンド・ダスト』!!」


 パキパキパキッ!

 舞い散る紙吹雪が一瞬にして凍結し、微細な粉末となって消滅した。

 物理的にも、法的にも、辞表は跡形もなく消え去った。


「なっ……!?」

「認めん! 絶ッ対に認めんぞ!」


 クラリスは机を乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出した。

 その目は怒りで燃えているが、同時に涙で潤んでいた。


「復讐が終わったから、なんだと言うのだ! 過去などどうでもいい! 私は今、未来の話をしているんだ!」

「だ、団長……」

「貴様は私と『一心一体』にしてしまった責任がある! 私をこんなに甘やかしておいて、ポイ捨てするなど許さんぞ!」


 クラリスはベラの胸ぐらを掴み、叫んだ。


「貴様は終身刑だ!!」


 執務室に怒号が響く。


「判決を言い渡す! 被告ベラ・ガーランドを……私のそばで、一生私の五体採寸サイズチェックをする刑に処す!!」

「……はい?」

「刑期は死ぬまでだ! 執行猶予なし! 仮釈放もなし! ……二度と、私という牢獄からは出られないと思え!」


 あまりにも理不尽で、あまりにも重い愛の判決。

 ベラは瞬きをし、そして堪えきれずに笑い出した。

 ああ、この人は。

 こんなにも不器用で、こんなにも自分を必要としてくれている。


 ベラは、胸ぐらを掴んでいるクラリスの手の上に、自分の手を重ねた。


「……謹んで、お受けいたします」


 ベラは優雅に膝を折り、悪戯っぽい笑みを浮かべてクラリスを見上げた。


「……私のわがままな看守様」


 その言葉に、クラリスの顔が一気に沸騰した。

 勢いで言ったものの、「終身刑」の意味を改めて噛み締めてしまったのだ。


「う、うむ。……よろしい」


 クラリスは手を離し、咳払いをした。


「では……これより、刑の執行を行う」

「おや、早速ですか?」

「当然だ。……墓参りで汗をかいたし、感情が高ぶって体のサイズが変わった気がする。……測り直せ」


 クラリスは顔を背けながら、上着のボタンを外し始めた。


+++


 数分後。

 部屋の隅にある、いつものカーテンの裏。


「……んっ、ひゃぅ……!」

「動かないでください、看守様。そんな緩んだお顔をしていたら私、逃亡しちゃいますよ」

「ち、違う! メジャーが冷たい! そこはくすぐったい!」


 ベラは革のメジャー(クラリスが買ってくれたもの)を手に、楽しそうにクラリスを追い詰めていた。

 いつもは照れながらも大人しいベラだが、今は「囚人」という立場でありながら、少しSっ気を出している。


「ウェストも測りますよ。……あら、少し細くなりました? もっと私の料理を食べさせないと」

「うぅむ……いくらでも食うぞ……!」

「まぁ、素直な看守様ですこと」


 ベラが背後に回り込み、クラリスを抱きしめるようにして数値を読む。

 耳元にかかる吐息。

 背中に感じる柔らかい感触。

 クラリスは自分の命令を後悔し始めていた。これはベラへの罰ではない。自分へのご褒美であり、同時に羞恥の拷問だ。


「……ベラ」

「はい?」

「……好きだ」


 蚊の鳴くような声。

 ベラの手が止まる。


「……聞こえませんでした。もう一度お願いします」

「うぅっ……大好きだと言ったんだ! 一生離さんからな、覚悟しておけ!」


 クラリスが振り返り、涙目でベラに抱きついた。

 ベラは愛しさを噛みしめるように、その背中を強く抱き締め返した。


「はい。……覚悟はできていますよ」


 復讐のために始まった物語は、ここで幕を閉じる。

 そしてここからは、「専属衣装係兼、騎士団長補佐(兼恋人)」としての、甘くて騒がしい新しい日常が始まる。


 第零班の執務室には、今日も幸せな悲鳴と、温かい紅茶の香りが満ちていた。

 

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