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女騎士団長様の仕立て直し ~その心、私が優しく縫い合わせます~  作者: 団田図


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第29話 墓前の宣言

 事件解決から数日後。

 王都グラン・アヴェルラの空は、嘘のように晴れ渡っていた。

 かつて街を恐怖に陥れた透明魔獣騒動の黒幕、ヴァルデング判事の逮捕は、王都中に衝撃を与えた。

 「慈愛の判事」の仮面の下には、数々の余罪が隠されていた。過去の冤罪事件の隠蔽、違法な魔獣の飼育と売買、そして政敵や不都合な人間――ベラの妹エミリーを含む――の暗殺。

 それらの罪が白日の下に晒され、彼は全ての権力を剥奪された。判決は、極北の監獄での「終身刑」。

 皮肉にも、彼がクラリスに強要し続けてきた「氷のような孤独」の中で、一生を終えることになったのだ。


+++


 第一地区、クラリス私邸「氷の鳥籠」。

 朝の光が差し込むキッチンに、トントンと軽快な包丁の音が響く。


「……んぅ……」

「団長。動きにくいのですが」


 コンロの前に立つベラの背中に、銀髪の少女がしがみついていた。

 まだ寝間着姿のクラリスだ。彼女はベラの腰に腕を回し、その背中に顔をぐりぐりと押し付けている。


「……充電中だ。昨夜は悪夢を見た。ヴァルデングの夢だ」

「もう何も怖くありませんよ。あの方はもう、二度と貴女を傷つけられません」

「分かっている。……だが、貴様がいないと落ち着かない体になってしまった」


 クラリスは拗ねたように呟くと、ベラのエプロンの結び目をいじり始めた。

 解いては結び、結んでは解く。

 不器用な指先が、ベラの腰元で遊んでいる。それはまるで、「どこにも行かないように」と結び留めているかのようだった。


「はい、朝食ができましたよ。今日はふわふわのパンケーキです」

「……蜂蜜をかけろ。たくさんだ」


 甘く、濃密な朝の時間。

 だが、ベラは朝食の後、外出着に着替え始めた。いつものお針子のエプロンではなく、喪服を思わせる落ち着いた黒のワンピースだ。


「……出かけるのか?」


 クラリスが不安そうに上目遣いで尋ねる。


「はい。少し、私用がありまして」

「……私も行く」

「いけません。今日は一人で行かせてください」


 ベラは優しく、しかしきっぱりと断った。

 その瞳に宿る静かな決意を見て、クラリスはそれ以上言えなかった。

 

「……分かった。……早く、帰ってこいよ」

「はい。行ってまいります」


 ベラは微笑んで屋敷を出た。

 扉が閉まる瞬間、クラリスの寂しそうな顔が脳裏に焼き付いた。

 胸が痛む。

 けれど、ベラにはどうしても報告をしなければならない場所があった。


+++


 王都外れの共同墓地。

 丘の上にある質素な墓石の前に、ベラは立っていた。

 墓石には『愛する妹 エミリー・ガーランド』と刻まれている。

 ベラは持参したブラシで石を丁寧に磨き、手向けの花を供えた。


「……エミリー。ついに来ましたよ」


 風が草を揺らす音だけが響く。


「終わったわ。貴女を奪ったあの男は、もう二度と陽の目を見ることはない」


 ベラは墓石に語りかける。

 妹が命がけで残したデザイン画。あの暗号があったからこそ、真実にたどり着けたこと。

 そして、復讐の過程で出会った、不器用で愛おしい人のこと。


「……私ね、復讐のために騎士団に入ったの。あの人……クラリス団長を利用するつもりだった」


 ベラは自身の胸に手を当てた。そこには、クラリスから預かった金色の飾緒(金具)が入っている。


「でも、いつの間にか、あの人の笑顔を守ることが一番大切になってしまった。……お姉ちゃん、失格ね」


 復讐は終わった。

 ならば、自分はどうすべきか。

 ベラは懐から一通の封筒を取り出した。

 表書きには『辞表』の二文字。


「私はあの子を騙して近づいた。その罪悪感は消えない。それに……あの人はもう一人でも立てるはずよ」


 これ以上そばにいれば、甘えてしまう。

 あの人は高貴な貴族で、騎士団長。

 自分は下町の、復讐に手を染めたお針子。

 住む世界が違いすぎる。

 ベラは墓石に向かって、寂しげに微笑んだ。


「……報告は以上よ。私、元のただのお針子に戻るね。……それじゃあ、また来るわエミリー」


 ベラが立ち上がり、背を向けようとしたその時だった。


 ドササササッ!!

 ズザザザザッ!!


 静寂な墓地に、まるで猪が突進してきたかのような土煙と轟音が響いた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」


 ベラが驚いて振り返ると、そこには信じられない光景があった。

 巨大な「白い壁」が動いている。

 いや、違う。

 それは、人が抱えられる限界を超えた、超巨大な白い花束だった。百合、白薔薇、カスミソウ……花屋を一軒買い占めたような量だ。

 その花束から、泥だらけのブーツと、見覚えのある銀髪が覗いている。


「だ、団長!?」

「……間に合った……!」


 花束を抱えているのは、式典用の純白の軍服に身を包んだクラリスだった。

 正装だ。だが、その顔は汗だくで、髪も乱れている。


「な、なぜここに……? それにその花は……」

「黙って見ていろ!」


 クラリスはベラを横切り、エミリーの墓前まで進むと、その巨大な花束をドスン! と置いた。

 墓石が完全に埋まる。もはや供養というより、花のバリケードだ。


 そして、クラリスは姿勢を正し、墓に向かって最敬礼をした。


「お初にお目にかかります、義妹いもうと殿!」


 よく通る凜とした声が、青空に響き渡った。


「王立騎士団長、クラリス・フォン・アルゼインです!」

「ちょ、団長? 義妹って……」

「静粛に! 今は挨拶中だ!」


 クラリスは真剣な眼差しで、見えないエミリーに向かって語りかけた。


「貴女の無念は、晴らしました。……ですが、貴女のお姉様には、私が返しきれないほどの恩ができてしまいました」


 クラリスは一瞬、言葉を詰まらせ、そして顔を赤らめながらも言い切った。


「貴女のお姉さんは……私が、責任を持って一生守ります。……そして、一生幸せにします!!」


 堂々たる宣言。

 ベラは呆気にとられ、そして吹き出した。


「……ふふっ。一生幸せにするって、それ、プロポーズの言葉ですか?」


 茶化すように言うと、クラリスはバッと振り返った。

 その顔は、熟れたトマトよりも赤かった。


「そ、そうだ! 文句あるか!」

「えっ」

「プロポーズだ! 求婚だ! 一生の契約だ!」


 クラリスは叫んだ後、急にシュンと縮こまり、ベラの喪服の袖をちょこんと摘んだ。

 先ほどまでの威勢はどこへやら、捨てられた子猫のような上目遣いでベラを見上げる。


「……だめ、かな?」


 破壊力抜群のギャップだった。


「私じゃ……ベラの幸せには、不足か? 家事もできないし、ワガママだし、すぐに凍るし……」

「……団長」

「でも、貴様がいないと生きていけないんだ。……お願いだ、ベラ」


 クラリスの瞳が潤む。

 ベラは胸がいっぱいになり、思わずクラリスを抱きしめた。


「……いいえ。光栄です、私の団長様」

「……っ!」

「でも、私からも一つだけ、お話があります」


 ベラは体を離すと、少し真面目な顔になった。

 甘い空気を断ち切るように、懐の封筒を握りしめる。


「場所を変えましょう。……騎士団本部へ」

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