表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女騎士団長様の仕立て直し ~その心、私が優しく縫い合わせます~  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/34

第24話 焚き火と代わりのボタン

 地下水路の奥にある、古びた監視小屋。

 コンクリート打ちっぱなしの狭い空間に、二人は転がり込んだ。

 外では激しい雨音が続いているが、追っ手の気配はない。どうにか撒いたようだ。


「……はぁ、はぁ……」


 ベラは扉に鍵をかけ、その場に座り込んだ。

 手の甲の傷がズキズキと痛む。全身ずぶ濡れで、寒さが骨まで染みてくる。

 だが、それ以上に深刻なのは――。


 部屋の隅。

 クラリスは体育座りで膝を抱え、虚空を見つめていた。

 濡れた銀髪が頬に張り付いているが、払おうともしない。

 その瞳は、ガラス玉のように生気がなかった。


「……私は、人形だった」


 ポツリと、クラリスが呟いた。


「パパも、ママも、お姉様も……私が殺したんだ。私が『剣』になるために、みんな死んだんだ」

「違います、団長! それはあの男が勝手に……」

「いいや、同じだ! 私はあいつに育てられた。あいつの与えた食事で大きくなり、あいつの教えで剣を振るった。……私の体は、あいつの悪意でできている」


 クラリスは自分の体を抱きしめ、爪を立てた。


「汚い。……気持ち悪い。……私には心なんてない。ただの人殺しの道具だ」

「……」

「ベラ。……私を置いていけ。私と一緒にいたら、貴様まで汚れる」


 拒絶。

 そして、自己否定。

 あまりにも深い絶望の淵に、クラリスは立っていた。


 ベラは何も言わず、立ち上がった。

 部屋を見渡す。暖を取らなければ、二人とも凍えて死んでしまう。

 目についたのは、壁際に放置された古びた木製の棚だった。

 ベラは近づき、棚板に足をかけ、全体重をかけて踏み抜いた。


 バキッ!


 さらに手で板を引き剥がし、薪のサイズへへし折っていく。

 普段の彼女からは想像もつかない乱暴な作業だが、その背中には鬼気迫るものがあった。

 コンクリートの床に木片を積み上げ、持っていた発火石で火を点ける。

 小さな炎が生まれ、やがてパチパチと音を立てて燃え上がった。


 ゆらめく炎が、二人の影を壁に映し出す。

 ベラは炎の前に行き、濡れた上着を脱いだ。

 そして、まだ震えているクラリスの背後に回り込んだ。


「……何をしている。離れろ」

「離しません」


 ベラはクラリスの背後から、ぎゅっと抱きしめた。

 バックハグ。

 かつて執務室で採寸をした時と同じ体勢。

 だが、あの時のようなくすぐったい空気はない。

 ベラの腕には、絶対に逃がさないという強い力が込められていた。


「……あったかい」


 ベラの体温が、濡れた服越しに伝わってくる。

 クラリスの強張った体が、ビクリと反応した。


「……やめろ。優しくするな。私は人形だ。……温もりなんて、感じる資格はない」

「人形が、あんなに美味しそうに私のスープを飲みますか?」

「っ……」

「人形が、私の怪我を見て泣いてくれますか? 人形が、私のために必死で走ってくれますか?」


 ベラはクラリスの耳元で、呪いを解くように囁き続けた。


「貴女は、私の縫った刺繍を『美しい』と喜んでくれた。……私の洋裁しごとに意味をくれた、この世でたった一人の人間です」

「……嘘だ。私は……空っぽだ」


 クラリスは首を振る。

 その拍子に、彼女の耳が、背中のベラの胸に押し当てられた。


 ドクン、ドクン、ドクン……。


 直接響いてくる、力強い鼓動。


「……うるさい」


 クラリスが掠れた声で言った。


「……貴様の心臓、うるさいくらい鳴ってる」

「……」

「ドクドクって……耳が痛いくらいだ」

「……ええ」


 ベラはクラリスの頭に頬を寄せ、静かに言った。


「それは、貴女が生きているからですよ」

「……え?」

「貴女が生きているから、私の心臓が『生きたい』と叫んでいるんです。……貴女を守りたいと、こんなに騒いでいるんです」


 心臓の音。

 それは、言葉よりも雄弁な、命の証明だった。

 ベラの鼓動と共鳴するように、クラリス自身の心臓もまた、ドクンと大きく跳ねた。


 自分は生きている。

 冷たい雨に打たれて震え、炎の熱さに安らぎ、そしてベラの体温に泣きたくなるほど焦がれている。

 それが「人形」であるはずがなかった。


「……う、ぅ……」


 クラリスの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

 堰を切ったように、感情が決壊する。


「ベラ……ベラぁ……ッ!」


 クラリスはベラの腕の中で強引に振り向き、その胸にしがみついた。

 子供のように声を上げ、わんわんと泣きじゃくる。

 汚いとか、道具だとか、そんな理屈はどうでもよかった。

 ただ、怖い。寂しい。

 そして、この温もりが愛おしい。


「よしよし。……泣いていいんですよ、団長」


 ベラはクラリスを抱き締め直し、その背中を優しく撫で続けた。

 炎の爆ぜる音と、クラリスの泣き声だけが、狭い小屋に響いていた。


 しばらくして、泣き疲れたクラリスは、しゃくり上げながら顔を上げた。

 その目は赤く腫れていたが、あの虚ろな色は消えていた。

 寒さで震えるクラリスを見て、ベラは困ったように微笑んだ。


「……服、乾かしませんといけませんね」


 小屋には、代わりの服などない。

 ベラは少し考えて、自分が着ていたカーディガンを脱いだ。

 それは逃走中にあちこち引っ掛け、ボタンがすべて弾け飛んでしまっていたが、まだ乾いている部分が残っていた。


「これを着てください」

「……でも、ベラが寒い」

「私は肉付きがいいから、平気です」


 ベラはクラリスにカーディガンを羽織らせた。

 だが、ボタンがないため、前がはだけてしまう。

 クラリスが震える手で前を合わせようとするが、うまくいかない。


「……ボタンがない」

「そうですね」


 ベラはクラリスの正面に座り直すと、そっと手を伸ばした。

 カーディガンの前を合わせ、その上から自分の両腕を回して、クラリスを抱き込んだ。


「……今夜は、私がボタン代わりです」


 ベラの腕が、ボタンのようにしっかりと、しかし優しくクラリスの前を閉じる。

 その顔は、すぐ目の前にあった。

 お日様の匂いと、薪の燃える匂いが混じり合う。


「……あったかくて、丈夫なボタンだ」


 クラリスは少し鼻にかかった声で言い、ベラの腕の中に顔を埋めた。


「……ええ。一生、解けないくらい頑丈ですよ」


 外の雨はまだ止まない。

 世界は残酷で、明日の行方も分からない。

 けれど、この狭い小屋の中で燃える小さな炎と、互いの鼓動だけが、二人にとっての確かな真実だった。

 冷え切った心が溶け合い、二つの魂が寄り添う夜が、静かに更けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ