第7話
この顔で、雄。
神様ってのは、まったく使えねぇな。
カッコンツェルは雄だし、俺はこんなだし。
神様ってのは残酷ってより、意地悪なんじゃねぇの?
「やっぱ、ぺったんこだな。洗濯板だ、貧乳だ」
俺はフォークとナイフを皿に置き、目の前に座る美女……カッコンツェルの胸を両手で撫でた。
「あのねぇ、雄なんだから貧乳でいいの。それに胸があったら大問題だよ、僕は雄なんだよ!?」
「お前なら許される。問題無しだ。なんでカッツェは雄なんだ、もったいねぇな~」
別に巨乳が好きなわけじゃねぇけど。
「雌に生まれていたなら、君のつがいには僕がなりたかったな……。こら、揉むんじゃない」
カッコンツェルはそう言って、俺の両手の甲をつねった。
これ以上やると怒るという合図なので、俺は手をひっこめた。
「なあ、あのデカリボンが本当に俺のつがいなのか? ……あいつ、速攻で断りやがったんだぜ!? 普通は求婚後に竜珠を交換して、名付けをするんじゃねえのか?」
「う~ん……間違えるってことも、稀にあるらしいけど」
間違え?
間違え……俺の勘違いってことか?
「何度も求婚することで、相手に通じるケースもあるっていうし。後はそのミルミラって子が、一人前の雌としては未成熟って可能性もあるけどね。雌は雄よりいろいろ繊細なんだって、学習院時代に講義を受けたでしょ?」
未成熟。
成竜の……雌の‘匂い‘はしたけど、確かに何か変だったな、あいつは。
「受けたけど、聴いてなかった」
未成熟……有り得るかもしんねぇな。
「君ねぇ、そんなこと堂々と言わないの。ねぇ、その女の子を店に連れてきてよ! 会ってみたいんだ、君のつがいになるかもしれない子に」
匂いで成竜だと判ったが、見た目と言動は異様に幼かった。
そこんところが、どうもひっかかるんだよな。
城に帰ったら、クソババア陛下に訊いてみっか。
「あいつを? 餓鬼みてぇなデカリボンより、お前の方が数倍美人だぜ?」
「まあね、確かに僕は美人だけど。あ、お茶菓子持ってくるね。食べるでしょ?」
カッコンツェルは席を立ち、厨房へ向かおうとした。
店に出せない形や焼き色がいまいちなモノや試作品が常にあり、ここにいる限り菓子には不自由しない。
「食う。珈琲のお代わりも淹れてきてくれ」
俺の差し出した計量カップを、カッコンツェルは華やかな美貌に苦笑を浮かべて受け取った。
「ふふっ。君の‘女房役‘も、そろそろお役ご免かもね」
帝都一の美人を前にしても。
多くの人間の男共が恋焦がれ、貴族どころか一国の国王までが跪き愛を乞うた『傾国の美姫』の胸を揉もうと。
「……珈琲、牛乳多めにしてくれ」
「了解」
俺の脳を占拠してるのは、あの珍妙生物デカリボンだった。
デカリボンは、不細工ではない。
髪型から鞄まで、変てこなセンス満載の珍妙生物だった。
だが、顔の作りは世間で言うところの美少女ってやつだと思う。
美少女……。
俺は断じて、幼女趣味ではない。
美少女より、美女が良い。
ん?
不思議なことに。
胸は、でかかったな。
胸を膨らませるより、背とか脳に栄養を回すべきなんじゃ……。
だいたい、あんな小さい身体で蜜月期に耐えられんのか!?
蜜月期は、一生に一度の繁殖期。
雌が受胎するまで交尾を続ける。
1週間で終わる場合もあるし、1ヶ月かかることもある。
竜族のつがいはその間、仕事も休んで子作りに専念するんだが……。
食堂で。
俺の子を産んでくれとか、俺は口走ってたよなっ?
「……子作り、か」
ミルミラと俺が交尾……(想像中)……うわっ!?
そっ、想像するんじゃねぇ俺っ!
この俺があのクソチビデカリボンのあんなところにそんなことして、そんなところにあんなことしてみたいなんてっ……ぎゃあああ、認めたくねぇええ~!!
俺がまるで、いたいけな幼児を襲うド変態性犯罪者みたいじゃねぇかぁああ!
まあ、竜珠を交換して名付けをしなけりゃ俺は<蜜月期の雄>にはなんねぇから、デカリボンをどうこうなんてしないけどな。
竜珠を交換し、名付けをしなければ。
<つがい>にならなければ。
触らずに……傷つけなくてすむ。
あいつを。
ミルミラを。
傷つけなくてすむんだ。
「……」
でかいリボンを嬉しそうに頭につけて、気に入りの絵本を持ち歩くような。
まだまだ餓鬼みてぇなあいつに、お姫様になりたいなんて変てこな夢を見ているミルミラに。
痛い思いを、辛い思いをさせたくない。
きっと、泣く。
俺はあいつを、俺があいつを泣かせちまう。
飴玉みたいなあのでっかい目玉をきらきらさせて。
あいつには、笑っていて欲しいのに。
「泣かせたくないのに、諦められないなんてな」
あいつは唐揚げだけじゃなく、俺の心も食っちまいやがった。
俺は、あの珍妙生物の<つがい>になりたい。
クソチビデカリボンが、欲しい。
でも。
俺は。
王子様になんか、なれないんだ。
白いタイツとかぼちゃのパンツを手に入れたって。
お前の好きな『王子様』にはなれない。
俺は、腹にでかい穴が開いても死なない……死ねない特殊個体で。
<先祖返りの化け物>だって、陛下に言われてるんだぜ?
同族だって殺せる怪物だ。
親だって殺せた化け物だ。
<主>の命令なら、カッコンツェルの首だって落とせるんだ。
「セレ?」
なぁ、ミルミラ。
俺はお前の『王子様』になる資格、あるのか?
王子様に退治される<化け物>になら、もうなってる……なっちまってる。
「セレ、どうしたの? 眉間に皺が寄ってるよ?」
戻ってきたカッコンツェルは右手に菓子の入った硝子の器を、左手に湯気の立つ陶器のカップ2つを器用に持っていた。
計量カップでも良かったのに。
こいつは昔から、俺に甘いんだ。
「……どうもしねぇよ」
「嘘吐き。君、すぐ顔に出るんだよ?」
丸テーブルに菓子とカップを置くと、座っている俺の顔にその両手を添えた。
俺の顔を覆う前髪を細い指でかき上げて、カッコンツェルはキスをした。
頬に、瞼に。
こめかみに。
カッコンツェルは昔から、俺によくキスをする。
「ふふっ。君の顔、ミルミラって子はちゃんと見てなかったんだろうね。だからおじさん……びちゃぼろもじゃさんなんて言えたんだよ」
喋りながら、キスを続ける。
キス魔ってやつだな。
「……なぁカッツェ。人間は伴侶以外にだって……愛が無くても子が出来る。俺達竜族だって、いつかそうなるのかもしれないぜ?」
陛下は。
竜族には無いその強い繁殖力を、どうにかして得ようと足掻いてる。
陛下は……。
「僕は嫌。愛した雌が、僕以外の雄の子も産むなんて。産めるなんて、嫌だよ。僕だけじゃなきゃ、嫌」
そう。
それが竜族の雄。
「僕だけを愛して欲しい」
雄が雌に向ける愛情は一途を越えて‘狂ってる‘んだと、クソババア陛下が言っていた。
「ミルミラって子、王子様が理想なんでしょう? う~ん……君の顔は僕が独占したかったんだけど、仕方ないか」
言いながら、顔の皮膚を味わうかのように唇を這わす。
唇どころか舌を使い始めたので、さすがに鬱陶しくなってきた。
「髪を切りに行こう、セレスティス。僕の行きつけの所に連れて行ってあげる。ふふっ、白いタイツとかぼちゃのパンツがどこで売ってるかは、残念ながら僕は知らないよ?」
「タイツとかぼちゃはいらねぇって言っただろうがっ! おい、もうよせ」
こいつはこれをやり始めると、俺がはっきりやめろと言うまで延々としやがるのだ。
ほっとくと、目玉まで舐めようとする。
こいつは俺の顔が『好物』なんだそうだ。
「ちぇ~。けちんぼ」
ケチじゃねぇし。
今日はけっこうやらせてやった方だと思うぜ?
「そういやカッツェ、お前は絶対に口にはしないな」
「うん。そこはつがいの為の場所だからね……僕にはキスする資格がないんだよ」
厨房から持ってきた真っ白な菓子で、俺の唇をつついて言った。
「僕の唇も、未来の奥さんのためにとっておきたいしね」
カッコンツェルの作ったマシュマロは。
「唇へのキスは、特別だから」
デカリボンの唇の感触に、ちょっと似ていた。
ミルミラ。
俺。
きっと、『王子様』にはなれない。
王子様を乗せる、馬にさえなれない。
俺は家畜に堕とされた、汚い獣だから。
『お姫様』に求婚したって。
断られて当然だったんだ。




