悲しみと仲間と 第二十七話
「過労だったわ。お父さんがいなくなって何も返せない私を、たった一人で育てたせいで」
「それじゃあ、今までどうやって」
「外との繋がりのない私には、収入を得る手段なんてない。だから雨の日の夜、お母さんの後を追うために初めて外に出たの。テトラに出会ったのは、その時よ」
「テトさんと?」
私はてっきり、テトさんは図書館を開いた後で出会ったものだとばかり。
「私と同じくらいの女の子がね? 箱に入れられて捨てられてた。そしたらなんだか、その子が自分と重なって見えちゃって」
「それで、テトさんを引き取ったんですか?」
「初めは一人じゃ怖かったから、道連れにするつもりで近づいたんだけどねぇ。そしたらあの子、私に向かってなんて言ったと思う? "お母さん" よ」
「お母さん? ……っ!!」
私はその時、初めてシルクさんに出会った時のことを思い出す。硬貨を渡しお礼がしたいと言うシルクさんに、私は確かにこう言った。
お母さん、と
「母の後を追おうとしてる私に、テトラはお母さんって言ったのよ? もうおかしくておかしくて! 何かが私のツボを押したみたいに笑いが止まらなかったわ! ……いつの間にか、死にたい気持ちはなくなってたけど」
「……」
「名前がないからテトラと名付け、元気がないからご飯をあげて、汚れているから服をあげた。かなり稚拙な子育てだったけど、あの子は私をお母さんと言って慕ってくれた。いつも私の後ろを歩く姿なんて、とっても可愛かったんだから!」
少しだけ、シルクさんのことを怖いと思った。昔話をするシルクさんは、本当に楽しそうに話をする。でも、死ぬことを考えていた人間が、一瞬でここまで変貌するだろうか。
「それでもお金は減るし、どうにかして定期的な収入を得なくちゃいけなくて。そのときに私は、本棚をそのまま使って図書館をするアイデアを思いついたの。テトラを看板娘にして、私も自作の本を作って並べて。そうしてできたのが、この家!」
両手を大袈裟に広げて私を見るシルクさん。テトラさんを拾ってから、事がうまく運び過ぎているような気もする。そのことも含め、私が気になっていることは別にあった。
「私とテトラ以外はココだけよ? この秘密を知ってるのは。はぁ〜、なんだか話してスッキリしたわぁ〜」
「……シルクさん、一つ、聞いてもいいですか」
「なに〜? 今日はどんな質問にも答えちゃうわよ〜?」
「 シルクさんは、一体いつから"お母さん"の仮面を外してないんですか? 」
「 え? 」
私は、確信を持ってシルクさんにそう問いかける。鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして、シルクさんは固まっている。
「な、何を言ってるのかまるでわからないわ。大体、なんでそう思ったのか私には」
「口調、変わってますよ」
「っ!!」
シルクさんは困惑の表情を、驚愕に変える。
「今は私やキリエみたいに普通に話していても、いつもはもっと間延びした声を出していました。まるで、わざと演技してるみたいでチグハグです」
「……」
「失礼な事を聞きます、シルクさん。貴女はテトさんを拾ったとき、"自分を殺しましたか?"」
「ッッッッッ?!?!!」
なぜ? どうして? という強い驚愕を表し、口元を隠して壁に背をつけるシルクさん。やっぱり、私の感じていた違和感は間違いではなかった。
多分彼女は、テトさんを育てると誓ったその日。本来の自分ではなく亡き母の姿を自分に投影したのだろう。同い年や年下への接し方の例が、母しかなかったから。
「ほんとうにッ……察しが良すぎるわよ、ココちゃんは」
「嘘に綻びがでるように、演技にも綻びは出るものなんですよ」
「……そう、なのね」
涙を流して、床に手をつくシルクさん。キリエの時とは違い、シルクさんには頼れる相手がいなかったのだ。加えて、自分に自信が持てなかったのだろう。一人では生きていけなかった弱い存在。
……と、考えているに違いない。
\ギュッ/
「っ! ココ……ちゃん?」
「私、人の感情には敏感なんですよ? だからわかります。自信を持ってくださいシルクさん! テトさんを立派に導いたのは貴女なんです」
「私は……わた……しは……っ!」
「今まで、沢山頑張ってきたんですよね。いっぱい頑張って、偉いですよシルクさん。"よしよし"」
「ぁぁ……ぁぁぁぁッ」
人に説教できるほど自分がまともな人間ではない事を自覚しつつ、私は彼女の頭を優しく撫でる。母性の塊のような彼女が、もっとも母親からの愛を欲していたのだ。
「よしよし……よしよし」
彼女が泣きつかれて眠ってしまうまで、私は抱擁と撫でる手を止めなかった。
私の無い胸の中で静かに寝息を立て始めるシルクさん。私はそっと彼女を姫抱きにして、布団に運ぶ。
「……お母……さん」
「幸せな夢を。シルクさん」
念のため部屋中のカーテンを閉め切り、万一にも日の光が当たらないようにしてから私は部屋を出た。
「……ふぅ」
「……ココさん?」
「ひぅっ!? あ、て、テトさんか。……テトさん!?」
突然の背後からの声。暗闇の中ゆっくりと後ろを振り向けば、何やらキリッとした表情をしているテトさん。
しまった、シルクさんに秘密にしておいてと言われていたのに。と、一人考えていると
「ありがとうございました」
「へ?」
何故か彼女は、私に頭を下げてきた。一体なぜ?
「実は、なかなかお戻りにならないココさんを探してまして。その事を報告にきた際に中からの声が……その」
「あぁ、聞こえてきたんですね」
「すみません。私としても気になる話題が上がっていましたので」
「今、シルクさんは眠ってます。一応カーテンは全て閉めましたが、念のため確認をお願いしてもいいですか?」
「承りました。後日この話は改めて」
「了解しました」
それから私は自分の部屋を目指し、テトさんはシルクさんの部屋に入るために別れた。だか、閉めかけた扉の隙間からテトさんの口にした、
「そういえば、キリエさんが心配なされてましたよ。早めに戻った方がよろしいかと」
「そ、そうだった!」
キリエとの間に起こった事を考えれば、不用意に夜に姿を消すのはかなりまずい事だった。私はなるべく足跡を立てないよう早歩きで自分の部屋に戻る。
「ごめんキリエ! 遅くなっ」
「ココっ!!」
「ぐむぅっ!?」
案の定扉を開けてキリエの姿を確認した直後、キリエは私目掛けて抱きついてきた。
心配かけたのは申し訳なく思うが、顔を隠して呼吸を遮るのはいささか過激な罰ではないだろうか
というか、苦じいッ……!
「い、息が」
「あ、ご、ごめんなさい。つい感極まって」
「だ、大丈夫。私が心配かけたのが悪いから。それでキリエ、テトさんと何してたの?」
「テトラと? あぁ、それはね? 今度仕立てて欲しい服のデザインを決めていたのよ。見てこれ、テトラの絵って凄く綺麗なのよ?」
布団の上に並べられた紙のうちの一枚を手に取り、それを私に見せてくれた。
「わぁ……綺麗な絵」
「そうだ、ココも欲しい服のデザインがあったら描いてみて! 私作ってあげるから」
「本当っ!? じゃあ紙とペンちょうだい!」
自分の考えたデザインの服を作ってもらえるとあっては、こちらも全力を出すしかあるまい。旅の途中でいろんな風景を描いてきたから、本当は人物よりも風景画の方が得意ではあるけれど。
しかしそれでも、ある程度は人も描けるはずだ。さらさら〜と
「はいっ! できた」
「見せて見せて。……へぇ、綺麗な線を描くわね。それに、私たちの中で一番速いわ」
「綺麗な風景って、短時間しか見られないものって結構あるんだ。だからそういうのを描くうちに、いつの間にか描く速度も上がっていったの」
「本当に凄いわ。ねぇ、今度その風景画見せてもらえないかしら?」
「……ごめんね、描いた紙は荷物と一緒に……」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「き、気にしないで! 私は気にして無いから!」
なんとも言えない空気になりかけたのを寸前で引き留め、私とキリエはそのまま夜遅くまでいろんな服を描き続けた。中には人前ではとても着れないような過激なものも含まれていたが、作者は不明であった。




