幸せと大掃除と 第二十八話
〜翌朝〜
「ふぁぁ……おはようございまふ……」
「おっはよ〜ココちゃん♪ 昨日はよく眠れたみたいでよかったわぁ〜♪」
「んぅ……あれ、シルクさん……?」
朝食の用意のためにキッチンに向かうと、フライパン片手にシルクさんが調理場に立っていた。
いつもなら、私とテトさんに続いて一番遅くに起きてくるはずなのに。
「どうしたんですか? こんな朝早くに」
「お母さん力を高めてるんですっ♪ そういえばココちゃんがきてから、一回もご飯作ったことなかったじゃない? だから早起きして作っちゃった♪」
まさかまた、無理して自分を変えようとしてるんじゃ……
「ああっ、ち、違うのよ〜?! 別に無理してとかそういう事じゃなくて〜!」
私の中で不安が過ぎるも、私が何を考えているのかを察したシルクさんはすぐに否定する。
「昨日、ココちゃんに秘密を話したでしょ〜? おかげで凄い安心して熟睡しちゃって、まだ薄暗いうちから目が覚めちゃったのよ」
「それ、眠くないんです?」
「ぜ〜んぜん! でね? 私なりに自分のことを振り返ってみたのよ。ちょっと無理してたな〜とか、もっとテトちゃんに頼ればよかったな〜とか、もう反省することばっかり! これも気づかせてくれたココちゃんのおかげね?♪」
「私はただ……」
シルクさんは料理する手を止めて、私に近づき手を握る。服から伸びる触手のような手ではなく、彼女自身の白い手で。
「本当に感謝してるわ、今まで見失いかけてた私を思い出させてくれて。誰かに縋り付いて泣いたことなんて何年振りかしら。それに、ココちゃんは私のことを見ても嫌わなかった。本当は凄く怖かったの、本当の姿を見せて嫌われるんじゃないかって。…‥でも貴女は、一目見ただけで私の苦労に気づいてくれた」
「……」
「改めて、本当にありがとうココちゃん! 貴女の手を小さいって言ったこと、撤回する! ココちゃんのこの手は、誰よりも大きくて頼りになる手よ!」
「あ、ありがとうございます」
さわさわと優しく私の手を触るシルクさん。一通り触って満足したのか、今度は私のことを抱きしめてきた。彼女自身の腕と触手の腕の両方を使って。
「し、シルクさん!?」
「はぅぅ〜♪ ココちゃんってあったかくて、とてもいい匂いがするわぁ」
「恥ずかしいですから離してくださいっ!? 料理焦げちゃいますよぉー!」
「ふふふっ……キリエちゃんがゾッコンになるのもわかるわぁ。私も骨抜きにされちゃった♪」
「こ、小声でなにか言いませんでした? というか離して!」
抱きしめたまま私の体を持ち上げ、さらに頬擦りまでしてくるシルクさん。光の入る窓だってあるのに、そう肌を見せたらだめだろうに。
「ねぇ、ココちゃん。永久就職しない? 具体的には私の隣に」
「いきなりどうしたんですか!?」
「昨日ココちゃん、キリエちゃんに告白されてたでしょ〜? その気持ちが私もわかっちゃったの。ねぇどう? 今ならテトちゃんもついてくるわよ?♪」
「自分以外の人を巻き込まないでくださいっ!」
「おはよう……? どうして、ココがシルクに抱えられてるの?」
「き、キリエ!?」
私たち以外の人の声がする。しかもよりにもよって、この場に今一番いて欲しくない人物の声がっ!
恐る恐るシルクさんを見れば、何やら悪どい顔を作っている。
「ごめんねキリエちゃん、ココちゃんはやっぱり渡せないわ。だって私、ココちゃんに骨抜きにされちゃったから〜♪」
「なっ!? だ、ダメよ! ココは私のものなんだから! というか骨抜きって……ココに何をしたの!?」
「何もされてないよ! シルクさんも悪ノリはやめてください!」
「え〜、ココちゃん酷いわ〜。二人っきりの部屋で、素肌を晒してあられもない姿も見せたのに〜」
「言い方ァ!! だってあれはシルクさんがっ……くぅっ、言いたくても言えないなんてぇ!!」
「言いたくても、言えない!? わ、私だって! ココとは裸を二回も見せ合った仲なのよ!」
「ぐふっ!? な、なんてことを……キリエちゃん、恐ろしい子っ」
「ああああああああああ!!!」
距離感ゼロかつ天然でやってのけるキリエと、昨日のことで吹っ切れたシルクさんの二人を相手に成す術もなく、私は本気なのか冗談なのかもわからないやりとりに精神をすり減らした。
「朝から騒がしいですよ、皆さん。もう少しお静かに」
「テトさぁぁぁぁん」
「っ?! んんっ。どうしたんですか? ココさん」
「キリエとシルクさんが私をいじめるんです。助けてくださいぃ」
地獄のような空間に現れた天使テトさんに、思わず抱きついてしまった私はきっと悪くない。
胸元から上目遣いにテトさんに事情を説明すれば、最初は頬を赤らめていたもののすぐに表情をキリッとしたものに変えて、二人に目線を合わせた。
「イジメとは、どういうことですか。シルク様、キリエさん」
「ち、違うのよテトちゃん! ちょっとしたお茶目っていうか、その、と、とにかくイジメじゃないわ!!」
「そ、そう! 私たちはどっちがココを愛しているか競っていただけで、ココをいじめるなんてそんなことはしないわ! だからその怒った表情をやめてテトラ!」
「私の大切な後輩をいじめるなんて、いい度胸です。正座してください、今すぐに」
「「はいっ?!」」
そこから始まる、テトさんの二人に対するお説教。私の中でテトさんに対する好感度がストップ高である。
結局、私たちが朝ごはんを食べ始めたのは、他の店が営業を始める時間になった。シルクさんが途中でやめていた料理は見事な炭と化しており、それだけは私が作り直したが。
「それじゃあ、私は仕事に戻るわ。ココ、また会いましょう」
「うん、キリエもお仕事頑張ってね!」
一晩だけ泊まっていたキリエも、仕事のために帰っていった。なんやかんやで、キリエがいなくなって寂しく思う自分がいる。
でも大丈夫、またすぐに会いに行けるから。
「では、私たちもお仕事を始めましょう」
「はいっ! あ、テトさん」
「なんでしょう?」
「昨日仕事を途中で投げ出して、ごめんなさい!」
「はて?」
キリエのことで思い出したが、そういえば昨日は途中からお仕事をサボっていたことを思い出しテトさんに謝罪する。しかしテトさんは、その事を聞いても悩む素振りを見せるだけ
「えっ?」
「昨日、ココさんはいつも通り仕事をこなしてましたが」
「だ、だって昨日は」
「ですから、ココさんはいつも通りに、お客様のお相手をしっかりしていたではありませんか。キリエさんという方を。なので謝る必要はありませんよ」
「テトさん……!」
私、貴女に一生ついていきます!
なんだかそういう小説にありそうな事を思いつつ、ならば今日の仕事ぶりで汚名返上しようと決心した。
「はーいストップ〜。二人とも止まって〜?」
「えっ?」
「なんでしょうか、キリエ様」
「今日のお仕事は〜、お休みしますっ!」
「えぇぇぇっ!?」
「はい?」
先程の決心が一瞬にして徒労に終わる。人差し指をぴーんと伸ばしてドヤ顔で言って泣けるシルクさんに、私はその意図がわからず困惑する。
「ど、どうしたんですかいきなり!?」
「いつになく突然ではありませんか? ……いえ、いつものことでしたね」
「酷いわテトちゃん! いやいやそうじゃなくて、今日は中の大掃除をしますっ! この家ができてから、全体をしっかり磨いたことって今までなかったじゃない? そんな時間も人もいなかったわけだし」
「なるほど、そういうことですか。確かに毎日の掃除だけでは、取りきれない部分も出てきますからね。異存はありません」
「お休みの理由はわかりましたけど、具体的にはどの程度?」
「そうねぇ……本棚の中をぜ〜んぶ外に出して、隅々までピッカピカにするくらい!」
「「は?」」
テトさんと私の声が、意図せずに一致した瞬間だった。




