2.見知らぬ場所と刀
「え……」
刀気が最初に発したのは、驚きだった。
視界に映るのは、どこかの街らしき所と、背を向けた二人の少女と、『獣』としか言い表せないものである。
街は、朝空によって影に覆われ、道や建物が薄黒く見えた。
少女達は、後ろにいる刀気に気付かず、獣と戦っている。二人いるのだが、それぞればらけて行動をしている。戦い方も異なり、ひとりは敵の攻撃を回避しつつ、ダメージを与え、もうひとりは力の限り剣をぶん回し、敵の攻撃は大きな剣で受け止めていく。
力強く振る少女の持つ剣は、彼女の身の丈ほどありそうな大きさだが、それを軽々と扱い、獣と渡り合っていた。作りは、細やかな装飾などは無く簡素で、シンプルというより、余計なものを排除したような感じだった。色は、柄頭は黒く、握りは薄茶色で、鍔と剣身は石のような色である。剣身は、縦だけでなく、横にも長いことから、大剣の特徴と一致した。それに、所々に傷があるのが見受けられる。
すると、大剣使いの少女の剣が、片方の少女に当たりそうになり、彼女は、乱雑な動きの少女に向かって注意する。
「む、貴様さっき妾に当たりそうになったではないか!」
「……」
しかし、注意されたはずの少女はそれを無視し、攻撃を続けていた。
そして、獣はやはりそれしか言い表せず、それよりも、おぞましい程の恐怖を体全体で感じ、刀気は立ち尽くしていた。その口から、悲鳴さえも出ない程に。
あまりの怖さに両足が震え、目を逸らそうとするが、視線を動かすことが出来なくて、足が地面から離れず、逃げることは出来なかった。
状況が吞み込めず困惑していると、二人の少女のうち、髪色が菜の花色の少女が刀気に気づき、顔を振り向いて声を掛けた。
その時、声を掛けた少女が攻撃を止めるのと同時に、獣は視線を横に向き、黒髪の少女の方に合わせ、彼女に攻撃していく。そのまま刀気達に目もくれず、黒髪の少女の相手を続ける。
「!……、まだ避難していない者が、いたか。な……、まさか、いや、しかし」
後半は、何かを考えるように言っているが、すぐに頭を振って、体を振り向かせる。
その時に、少女が右手に持っていたものが目に入った。それは、全体がほぼ漆黒に染まっていて、最初は何なのか分からなかったが、よく見ると形が、あるものを型取っているのに気付く。それは、剣である。作りは、配色によって、判断することは出来なかった。大きさは、所謂、片手剣と呼ばれるものと同じであった。剣先も黒く染まっているので、太陽光が当たっても反射しなかったのである。
漆黒の剣を持つ少女が、左腰に携えている剣と同じ色の鞘に剣を納め、刀気を指差し、言葉を続けた。彼女が刀気を指差した時、刀気はびっくりする。
「とにかく、そこの男よ、ここは危険だ。早く避難するがいい」
何故か上から目線な発言に、首をかしげるが、すぐに戻す。
実際、首をかしげたのはなにも、上から目線な発言だけではなく、少女がある単語で刀気を呼んだというのも含まれる。
それは、男という単語である。
普通、名も知らぬ人を呼ぶときは、方や者で言うのだが、少女は性別で言った。
何故彼女は、そう呼んだのかはよく分からなかったが、男について何かあると、刀気は推測した。しかし、その何かについて、詳しく表すことは出来ない。
危険だというのは、獣の存在で十分すぎる程、理解していた。少女達みたいに、武器を持っているわけではないので、いても足手纏いになるだけである。それに、獣が刀気を狙う可能性は、ゼロとは限らない。片手剣使いの少女が攻撃を止めた途端、獣が狙いを大剣使いの少女に集中したのは、単なる偶然という可能性がある。なので急に、刀気、それに片手剣使いの少女に攻撃するということがあり得る。それだけ獣のことを、なにも知らないということだ。だからこそ、思わぬことが起きるということは、容易に想像できた。
彼女らは戦う力を持っているが、刀気には無い。つまり、生き残る確率が高いのは、少女達であ
る。だから、ここから避難するのが賢明だ。刀気がいない方が、彼女らも戦いに集中でき、それだけ勝率が上がる。それを踏まえ、刀気は行動に移す。
彼女の言葉に刀気は頷き、震える両足を叩き、それを止める。
視線は、獣が目線を変えたときに、少しずつ動かすことが出来ていた。獣の方さえ見なければ、目はちゃんと動かせる。
足も、震えを止めたことにより、地面から離せることができ、両足とも動くようになった。これにより、逃げることが可能と化した。
少女が一瞬、眉を寄せたのが見えたが、気にせず心の中で安心する。
だが、時間が惜しいので、少女に礼も言わず、踵を返し、刀気はここから立ち去る。
刀気は、後ろを振り向かず、前だけを見て、全速力で走り続けた。
「はぁ……、はぁ、はぁ、はぁ……」
幾ばくか、息を切らしながら走り続けていると、不意に刀気は、何かを感じた。
――?……、なんだ、これは。
しかし、それにより足を止めると、刀気は顔を上げ、喉から口へ込み上がってくるものを、両手で抑える。数秒間そのままにし、その後両手を離し、肩を上下に揺らし、時折、息を吐きながら言う。心臓が早鐘のように鼓動し続け、腹部が膨らみと凹みを繰り返していた。体中に汗をかき、それは、服全体にべっとりと付いており、刀気は不快感を覚える。
「それは……はぁ、ともかく……はぁ、止まったから……はぁ、疲れがどっときたぁ。……はぁはぁ……」
疲労により荒くなった呼吸を、体を前に曲げ、両手を膝に当て整える。
その時、顔から汗がぽたぽたと落ちてきた。それは、地面を濡らしていく。
――どこだか分からないところで、こんな思いをするはめになるとはな。逃げるためとはいえ、全力ダッシュは、流石にヤバい。体力ねぇの、自分が一番分かっているはずなのに、してしまうとは……。
つい、そんなことを思ってしまった。
数回息を吐いて、整え終えると、両手を膝から横へ離し、体を後ろに曲げ戻す。
疲れが減り、体が落着いていき、刀気は、額の汗を左腕で拭いながら言う。……まあ、腕にも汗が溜まっているが、服の上からであるため、拭えると思っている。それに、服への滲み付きは、胴体部分に集中しているので、腕などには、そこまで付いていない。
「ふう~、少しマシになったし、これについて考えてみるか……ん?」
拭いている時に、感じるものへ意識を向けると、近くに反応を強く感じる所があった。それは、左右へ向かい合うように並ぶ建造物の中に、住宅とは異なった構造の建物である。高さは二階ほどあり、造りは木造である。住宅と異なっているのは、一階に少々長めの窓が二つあり、外側に何と書かれているのか分からなかったが、おそらく文字らしきものが書かれた木枠が設置してあった。
刀気は心の中で、疑問に思う。
――店、だよな、これ。看板っぽいものがあるし、窓の大きさや配置がそれっぽいが。それに今となっては、多くはない、目に見えて分かる程の、木造建築物ってのが、引っかかる。まあ、ここは俺の知らない場所だから、主観が通じないのかもしれない。
目を内側が見える窓に向けると、そこから、何かが光っているのが見える。
「何が光っているんだ? ……ん? なんか、あれを見た瞬間、反応が強くなった気がする。まるで、あの光とこれが関係あるみたいだ。偶然か?」
刀気は疑問に思い、そう言って、首をかしげるが、すぐに戻し、あることを思った。
――まあ、どこに逃げればいいのか分からないし、これの正体を知るためにも、反応強めの店? ぽいとこに、行ってみるか。行くあてもないし、彷徨うよりは、何かある所にいく方がいいしな。
そう胸中で言い、刀気は疲れが取れたとはいえ、走るのは難しいので、ゆっくりと歩いて行く。
そして、たどり着いたのは、窓から見える武器から、武器屋だと推測する。
「! 剣多っ! 武器屋だと思うけど、剣多すぎじゃねぇ? 商売になっているのか、分からない店だなぁ。剣の専門店かな?」
剣の多さに突っ込みつつも、刀気は、そう言う。
刀気は、深呼吸をしてから、口を開く。
「し、失礼します……」
|恐<おそ>る恐るドアを開け、店へ踏み入れ、後ろを向き、開いたドアを閉める。
向き直り、店内を見ると、刀気は、内心、驚く。そこにあったのは、窓で見たものより倍程ある、様々な剣である。
――さっきも思ったが、これは、想像以上だなあ。流石に、剣だけってわけじゃないけど、武器は剣だけしかない。後は、隅に、防具があるくらいだし。っても、その防具が何故か、形から察するに、女性用しかないのが、気になるのだが。あ、確か、さっき戦っていたのは少女達だったな。ともかく武器といい、防具といい、変わった店だなあ。
刀気は、剣の次に、防具を見ていく動作の中、口中で言った。
視線をカウンターに移すが、そこに店員の姿はなかった。
――誰もいないのか。そう言えば俺に声を掛けた娘が、避難とか言ってたし、奥にいるのかな。もしいるのなら、避難場所を教えてもらうとするか。感じたものが、気がかりだが。それに、出てきたのが、場所的に、いかつい人だったら、どうしよう。ちゃんと言えるかな、俺。
そう、胸中で言いつつも、刀気は、呼ぶ時の姿勢をし、少し大きめに言う。
「誰かいませんか~」
しかし、カウンターの奥からは、何も返って来なかった。それに、人の気配さえもない。
――実は、本当に誰もいないのではないのか。いやいや、まさかな。
と、口中で思うが、すぐに否定した。
「まあ、それはそうと、反応があるのが、何故ここなのかは、分からない。だが事実、ここで反応が強くなったから、何かがあると思うから、行ってみるかな」
二言いいつつも、仕方ないので、光っている所に向かうと、感じたものの正体を見つけた。それは、一振りの刀で、淡く発光している。近付いてもまぶしくなく、明るさはそんなになく、形がわかるほどであった。
――これが、反応の正体なのか。刀……だよなこれ、……何が起こるか分からないけど、一応持ってみるか。正体がこれならば、持たない限り、反応が治まらないしな。
そう胸中で言葉にし、刀気は、それへ恐る恐る手を近づける。
「ちょっと待て、少しだけ、心の準備を、……よし」
そう言いつつ、手と刀が間近に迫ったとき、手を一旦止める。つばを飲み込み、再び手を近づけさせ、左手で発光する刀を持つ。
「!……」
すると、刀が強く光り、頭の中に、溢れんばかりの情報が流れ込んできた。
――ぐっ……、頭の中に何かが、入ってくる。頭が、痛ってぇ。でもなんとなくだが、耐えなければいけない気がする。痛いけど、そうするしかないな。でもやっぱり、痛ったぁ。頭割れるんじゃねぇこれ。いや、比喩とかじゃなくて。
情報の多さに脳がパンクしそうになり、こう思うが、片手で頭を抱え、首を前に倒し、どうにか耐える。
そして、情報の流れが終わり、光が消え、抱えていた手を離す。
刀気は、胸中で、呟く。
――……やっと終わったか。うぅ……、まだ頭がジンジンしてくる。でもまあ、割れるよりはましか。でも、これって……。
刀気は、情報により知り得た、刀の名を言う。
「言技化丸……」と。




