裏切りの人狼
私の姿がうっすらと、そこにある。
付き従う影の様に、まとわりつく霧の様に、人の知性の様に、そこにある。
人の心の奥底を見透かし、掌握し、嗤い、その上で操る。
私らしい、シェリー君には似つかわしくない手口。
当然、最初からこの手口は教えてはあった。それはもう懇切丁寧に、だ。
それでも中々使おうとしなかった。シェリー君の言葉を借りるなら、『人を傷付け過ぎる』だそうだ。
それでも今、こうしてシェリー君はこの方法を使っている。
これは魔法なんてものじゃない。科学が生み出した兵器の類でもない。
だが明確に効果的な武器である。
目的を果たすために人心が障害になるというなら、この手法は有効だ、とても。
今まで頑なに使わなかったこの方法を今使っている。
「貴方が教わった合流地点を教えなさい。」
冷たく、命令する。
その場の誰もが口を開かない。
その場の誰もが動けない。
その場を支配していた。
「貴方は騙され、良いように使われ、そして捨てられた。
合流地点にはもう行けない。合流地点で誰かが待っているなんて都合の良いことは決してない。
そんなこと、ないのです。」
声が震えていた。
「貴方に残された道は二つに一つ。一つはこのまま沈黙を貫いて自分を拾ってくれた人を裏切った不忠者として、人狼として罰されること。」
ビクリと灰色の体が痙攣する。
「もう一つは、今逃げている兄弟を裏切り、私に知り得る限りの情報を渡して、二人を助ける協力者になること。
貴方のやった事は変わりません。貴方は自分に手を差し伸べた兄弟と、自分を優しく受け入れてくれた主人を裏切ったのです。
貴方が行った過去を覆すことは永劫叶いません。私には、どうすることも出来ません。」
喉の奥が鳴っている。罪悪なぞあるなら最初からやらなければ良かったものを。
「しかし、現在を選び、未来を変えることは出来ます。
さぁ、選んで下さい。貴方に残された選択肢は全て他者を裏切ることです。それは変わりません。
けれど、このまま黙ってそうして縮こまっているなら、貴方は自分を裏切る事になる。」
声が震えている。
嗚咽が響く。
「時間はあげられません。私に出来るのは、こうして問うことだけ。選ぶのは、貴方です。」
「ううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」
頭を抱え、牙を噛み締め、唸る。
生憎と時間は無い。吐かせるか。
「私が、教えられていた場所は、ここから北、丘を越えた先の、道から少し外れた、広場になった場所です。
そこの馬車に乗って、逃げる算段になっていました。猶予は二時間。そこまでに撒いて逃げて来るように、と。」
ここから走って行って、丘が目隠しになってすぐに目的地を視認することが出来ず、近付かないと裏切られた事が露見しない。
開けた場所、その先の道には隠れられる場所や都市は無し。集合場所としては不適格。裏切りに気付いた足の速い人狼が逃げて、それを誰かに捕獲させるならうってつけ。
何より、誘拐事件で二時間という破格の猶予。
「ありがとう。」
それだけ言って立ち上がった。
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