逃げられなかった人狼
「つまり、誘拐犯は貴方達の兄弟、ということで宜しいですか?
貴方達は元々三人兄弟で途中離れ離れになったと。
そうして一人はこの屋敷でバトラー様となって、兄弟を後から一人呼び寄せ、二人兄弟で執事を遂行していたと。
そこに三人目がやって来て、バトラー様……後から来たバトラー様を脅して本件を起こしたと。
そういうことで宜しいですか?」
「そうです。」
「申し訳ありません!私の不手際です!」
後から来たバトラー……安直にバトラー2とでも呼ぼう。
バトラー2の話を要約するとそうなった。
バトラー2は折角迎え入れてくれた屋敷の子息を誘拐し、最初から仕えていたバトラー1に何も言わず、最悪の招かれざる客をここまで手引きしたということだ。
飼い犬に手を噛まれるとは正にこのこと。
いや、この場合は『正に』ではないな、噛み付いたのは狼なのだから。
いやはや、にしても……
「脅されて、貴方はここで時間稼ぎをする手筈だったと。」
拘束された人狼の背後から優しく問う。それに対して2が首を縦に振って肯定する。
「貴方はある程度モンテル君に変身して、隙を見てこの場から抜け出して、兄弟と合流する手筈になっていたと。」
更に首を振り肯定する。
それに対してシェリー=モリアーティーは冷たく嗤う。
「暴行された被害者が、治療もされずに放っておかれるとでも思っているのですか?
ましてや、逃げる隙なんてあるとでも?」
人狼の体毛がざわざわと逆立つ。
「いくら変身が得意であっても、人狼と人の肉体は違います。
人体のプロたる医師を相手に触れられて、それでも騙し切れると思っていたのですか?」
ブルブルと痙攣し、そして肩を捕まれ、止まった。
「誘拐事件は時間との勝負。
被害者側は相手が拠点に戻って息を潜めるか、逃げきるか、足跡を追えなくなる前に捕まえることが最初の勝負。
そして加害者側は逆に、捕まる前に拠点に戻って息を潜めるか、逃げ切って追手を撒き切ること。
相手の拠点に残した囮が逃げて戻って、わざわざ囮を待つ時間は惜しいでしょうね。
なにより、囮が尾行されて拠点が強襲されてはたまったものではありません。
ならば、時間稼ぎの囮はそのまま捨て置いて、正体がバレた時の事を考えて合流場所を予め教えておいて、気付かれたらその時に走らせる様に仕向ければ良いのです。
迎えも仲間も誰もいない、本当の拠点とは全く違う、明後日の方向に。」
人狼の体から力が抜け落ち、糸の切れた操り人形と化す。
それはそうだ。時間稼ぎ要員を回収する様な、仲間を見捨てない心優しき人道主義者は誘拐事件なんて起こさない。
ん?止めないのか、だって?
馬鹿なことを言わないでくれ、逃げて逃げて逃げて、思考まで放棄して、自分から人を辞めた無様な駄犬の末路が、滑稽で面白いと思わんのかね?




