モンテル=ゴードンの妙手
「今、僕は何も出来ない。逃げることも戦うことも出来ない。
けど、僕の先生は違う。すぐにお前らなんか、追い付かれて、ボッコボコにやっつけられて、捕まる。
もし僕らに何かあったら、その時、僕らは君達を庇えない。」
「誰から庇うというのですか?」
「僕の先生、シェリー=モリアーティー先生からだ。
先生は強い、お前なんかよりずっと。だからもし、怒ったら、僕もどうなるかは解らない。
僕達は丁重に扱っておいた方が良いぞ。」
精一杯の虚勢の笑み。口角は不自然にピクつき、表情筋も引き攣っている。
けれど自信がそこにある。 恐怖に飲まれる寸前の最後の正気がそこにはあった。
俄然興味が湧いた。
恐怖のどん底にいた。
けど、逃げるわけにはいかない。カテナの様子が少しおかしい。多分どこかで少しだけ毒を盛られてる。速く走れそうにない。走れたとしても、逃げ切れない。カテナを守らないといけない、だからダメだ。
じゃあ戦う?それはもっとダメだ、絶対ダメだ。多分、この人は強い。先生ほどじゃないけど、動きが強い人のそれっぽい。それに、縛ったりしないのは、自分から逃げられないし自分には勝てないと自信を持っているからだと思う。
今の状況で、今使える魔法で、今の強さで、逃げ切ることはできない。
闘って勝つなんて無茶もいいとこだ。
悔しいし、ムカつくし、何も出来ないのは許せない。
けど、今はそこで止まらないといけない。我慢するのが闘いだ。
守るべきものがある。
そういう時に闇雲に突っ込んではいけないと教わった。
そういう時にどうすれば良いかを教わった。
今、自分に出来るのは、先生の助けを待つこと。
そして、あわよくばコイツに一杯喰わせてやる。
それまで二人とも生き残ること、それが大事だ。それが自分に出来る勝つための方法だ。
モンテル=ゴードンに出来ることは限られていた。
そして己の気づかぬ間に、限られた中で彼が出来る最大級の最善手を、致命的な状況を回避する妙手を打っていた。
(話には聞いていた先生か……興味深いな。情報も無いし、もし来るなら人質は生きたままの方が良い。
それに、どうせ殺すなら首を投げるより目の前で二人とも殺した方が反応は良さそうだ。)
自然過ぎる笑みを浮かべながら恐ろしい考えを巡らせて、人狼は二人への死刑執行を先延ばしにした。
(にしても、この子ども、毒が効いてないな。貴族特有の毒耐性か?それとも、気付いているのか?)
モンテル=ゴードンは本当に妙手を打っていた。
彼らが座っている座席クッション。その中、奥には毒針が仕掛けられていた。
痛みを感じず、深く刺さらず、猛毒でもない。
ただ刺された後、分解されるまで判断力と運動能力が落ちるだけのもの。
カテナはそれが刺さっているせいで思考力が低下していた。
だからこそ、パニックに陥らずにいることが出来ていた。
そして、モンテル=ゴードンはこの極限状況下でいつでも動けるように無意識下で『身体強化』と『強度強化』を発動していた。
結果、毒針は彼に刺さらずにいた。
判断力と運動能力は落ちず、未だ臨戦可能である。
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