もう一つの人狼兄弟の近昔話2
裏通りの際、陰になったところに座り込んでいた人狼に声をかける者がいました。
その声を聴いて、人狼の頭には一人の姿が浮かびました。
声は変わっていました。
振る舞いや立ち姿なんてまるっきり違います。
存在の全てが全く違う世界に生きる者のそれだったのです。
まったくの別物です。面影は欠片もありません。
それでも、記憶の向こうの、あの日見捨てた姿が目の前にはありました。
「兄…………」
ある言葉を口にしようとして呑み込みます。
繋がりからも逃げて逃げて逃げてきた人狼でも、今の自分が相手にとってどんな奴か、バレたらどうなるかは理解できます。
自分は相手を見捨てておいて、相手には自分を助けて欲しいと宣うのは虫が良すぎます。
どころか、見捨てた側からすれば、怨み憎しみを果たす好機です。
なにせ、今の自分は足がボロボロで逃げられないのですから。
絶体絶命の大ピンチです。
幸いなことにまだ顔は見せていません。人狼の変身能力で顔を変えれば未だ間に合うと思いつつ必死に見えないように伏し目がちになって顔を変えていると……。
「……生きていたのですね。」
震えた声が聞こえました。
地面に座りながら人狼は文字通り総毛立ちました。
バレた、殺される、逃げろ、逃げられない、逃げる術、見つからない、助けて、自分を助けてくれる繋がりなんて無…………
思考がグルグルと巡り、考えはするものの、何も浮かびません。
打つ手無し、逃げ場無しです。
そうこうしている間に上から大きな影が迫ってくるのが解りました。
逃げて逃げて逃げて、そんな最期は逃げるために切り捨てた繋がりから逃げられずに死ぬ。なんという皮肉なのでしょう。
「よく、よくぞ生き残ってくれました。」
迫る影は人狼を優しく抱き締めました。
上等な燕尾服を汚すのも構わず、獣臭さを消すために鼻の曲がる様なゴミの匂いを体につけているのにも関わらず、自分を抱きしめたのです。
「ずっと、ずっと探していました。
ずっと、ずっと逃げられたのか気がかりでした。
きっと、きっとどこかにいるのだと、本当に無事なのだろうかと思いながらいました。
よかった、ほんとうに、あなただけでも、いきていて、よかった……」
環境が変われば人も変わります。
もし、バトラーが執事としてではなく別のなにかとして生き残っていたら、この時再開した人狼は引き裂かれていたでしょう。
「さぁ、私の仕えている屋敷に来てください。主人も事情を話せばきっと歓迎してくれるでしょう。
あぁ、安心してください。主人は私の正体について知っていますよ。」
人狼は聞いている自分の気か、或いは言っている相手が狂ったかと思いました。
人狼を排斥しない人間なんて居る訳がないのに……
「構わないよ。
優秀でよく働いて、けれど我が儘は言ってこなかった君がこんな風に願うなんて初めてだ。むしろこれで丁度均衡がとれる位だろう。
食事は三食、空いている部屋は使って良いけれど、部屋は自分達で掃除をするように。」
確実にこの主人は狂ってると思いました。
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