人狼兄弟の近昔話7
人狼は『ババア』と悪態こそついています。実際、やり方が荒っぽく、口は悪く、厳しく容赦無く、その上褒めはしないので教え方としては褒められない部類に入るでしょう。
しかし、人狼はそれを『最悪』とは思いませんでした。
『最悪』とは殺意と憎悪と苦痛しか見えないし、聞こえないし、匂いがしないもののことだと知っているからです。
荒っぽくとも教えようとしてくれます。
口は悪くとも忠告してくれます。
厳しく容赦無く決して諦めません。
褒めはしませんが、やった分だけ暖かな寝床と食事、衣服までくれます。
息を殺して闇の中から見ていた、団欒の中にある人の姿は見たことがありました。
けれどそれを光の近くで見たことはなく、ましてや自分が団欒の光を浴びるなんて思いもしませんでした。
これが、人の経験する『楽しい生』なのでしょう。
人狼は自分が人として扱われていると感じました。
「ババア、これはどういう意味だ?」
ぶっきらぼうに、しかし手に持った古い本を落とさぬように老婆の手元に差し出します。
「……これは古いことわざ。その時代の書物は古い文献の引用や長ったらしい言い回しが多い傾向にある。そしてその上これを使いたがる歴史ある貴族が多い。
これを使って調べな。」
老婆もぶっきらぼうに、しかし参考になる最適な書物を人狼へと差し出します。
「……ありがとうゴザイマス。」
「固い。まったく、この駄犬は……」
「うるさいババアだ……引導を渡してやろうか。」
ぶっきらぼうですが、爪や牙がそこにはありません。
前よりも背筋を伸ばし、前よりも上等な燕尾服を着こなした人狼。
前よりも背筋が曲がり、前よりも動きが緩慢になった老婆。
あの日より、時間は流れました。
ゴードン家当主がその任を降り、ショーマス=ゴードンは今、当主としてやっています。
バーヤは先代当主の命で彼を補佐し、バーヤのサポートとして人狼も忙しなく働いていました。
バーヤは人狼を誰よりも身近に見ていました。
今や老婆が次やろうと考えている事を人狼が先んじて素早く正確に行うことが多くなりました。
人狼が率先して動き、老婆の予定よりも早く、思い描いたものより良い結果を出してくれるようになりました。
老婆は前よりも目線が上になった人狼を見て、呟きました。
「それじゃぁ、お願いしようかね。」
バーヤはゴードン家執事を勇退しました。
同時に、彼女の弟子がゴードン家執事を継承することになりました。
「まだまだ駄犬かもしれないが、ご主人様と他人様の前では立派な執事として務め、努める様に。」
老婆が銀の懐中時計を差し出します。
「ゴードン家執事バトラー、しかと承りました。」
それを受け取り、跪きます。
そこには、もう石を投げられ悪さをする人狼は居らず、ゴードン家の内を取り仕切る一流執事となったバトラーが居ましたとさ。
めでたしめでたし。
そこで終われば良かったのですがね。
予想以上に長い過去編を書くこの悪癖に名前を付けたい。




