人狼兄弟の近昔話6
「ふざけるなこのババア!」
鋭い爪が老婆のか細い体を引き裂こうとする。
「礼儀がなってないよ駄犬、私はバーヤ様、あるいはバーヤ先輩と呼ぶように。」
爪を爪の間まで綺麗に洗い、その上で今日の夕飯のジャガイモの皮むきを始めた老婆を見て更に人狼は激昂する。
「……テメェ……ゴガバア」
「折角洗ったのに汚れては困ります。」
顎を的確に揺らし、ふらつく人狼の体を支えるべく頭を持ち上げて高く掲げる老婆。この構図で絵を描いたら、タイトルは『人狼を虐殺する老婆』になるでしょう。
「使えないなら容赦無く始末する。忘れないように。
坊っちゃんには怒られて一生恨まれるかもしれないけれど、坊っちゃんが苦しい思いをするよりずっと良い。」
「殺してやる……」
「出来ないから私はこうして元気に日々の仕事の他に駄犬の世話をしている。」
教育の日々はバーヤの苦労の日々で、人狼にとっての敗北の日々でもありました。
「死ねババア!」
「爪の切れ味が甘い。剪定に差し障るから砥ぎ直し!」
「くたばりなババア!」
「シミは布を叩くのではなく汚れを叩いて下の布に移す様に。」
「くたばれババア。」
「侵入者の始末は最小最速で無力化が原則。もっと静かに早く出来るでしょう。」
「殺してやる……」
「まったく、使えない駄犬が戯言を。」
なんやかんやと今日の業務を終え、へとへとな人狼と涼しい顔の老婆。
そうして、とある夜のことでした。
「調子はどう?」
「お前も殺す相手に含まれていることを忘れるなよ。」
真夜中、当主様が自分の執事と出会います。しかし、その雰囲気は主従というより猛獣に運悪く遭遇した旅人の様相です。
「ははは、バーヤがこの家を取り仕切ってる限りそれはないし、君にその意志はないだろう?」
あっけらかんとした態度で笑う当主を見て、人狼は脅しの爪を引っ込めます。
「……なんで俺を助けた?」
「それはあの時言ったはずだけれど……」
「おためごかしが聞きたいんじゃない。それくらいは教えろ。」
「……人狼は、不吉とされている。」
人狼の耳が不快そうにピクリと動きます。
「だが真実はそうじゃない。文献で見たが、我々は同じ起源を持ち、進化の過程で特徴的な相違が生まれただけだ。
私はそれを見て、納得した。」
けれど、と話を続ける。
「それを読んで、これだけじゃダメだと思った。
人狼というものを肯定するにしろ、否定するにしろ、文章だけじゃダメだ。
肯定するにしろ、否定するにしろ、よく知ってからじゃないと。
文章を読んで『こう書いてある』と言うのは、あまりに……それじゃ何も考えずに噂だけで人狼を殺そうとする人々と変わらない。この恵まれた環境にありながらそれじゃダメだ。
だから……」
君らを知りたかった。
「知らないから恐怖する。だから知りたい。
知った上で恐怖するならそれも道理だろうけれど、恐怖するなら正しく恐怖したい。」
キラキラと、しかし時に熱い炎を奥に輝かせる星の様な目を見て、人狼はため息を一つ。
「物好きな奴に俺は買われたんだな、無意味でバカバカしいことに全力になりやがって。」
「いや、無意味じゃない。少なくとも君という人狼は信頼に値する人だと思っている。」
「何言ってんだこのクソ阿呆お坊っちゃん?」
「君、最近逃げなくなったろ?バーヤに立ち向かいつつ仕事を覚えつつある。」
耳がピクリと動く。
「それに、貰ったものを大事にしてる。それ、バーヤに貰ったものだろ?」
人狼が着ている質素ではあるが頑丈な、そしてよく手入れがされた服を指してそう言った。
巻きで進めようと思ったのですが筆が滑ってしまいました。




