人狼兄弟の近昔話5
「やってられっ……カハッ」
「拒否権は無いと何度言えば解りますか、この駄犬。」
執事見習い開始3日目。
人狼は実に44度目の逃亡に失敗しましたとさ。
「こんなとこ……」
「主の家に対してその言い様はなんですか?『こんなとこ』呼ばわりをするなら、それは自分の手入れが行き届いていないということです。」
執事見習い開始3日目。
人狼は実に61度目の逃亡に失敗しましたとさ。
《執事見習い開始前》
「これは契約だ。君の罰は死や暴力ではなく執事業務という形で償ってもらう。
当主から許しは得ているからね。」
《そこから更に前》
「ゴードン家現当主殿に提案があります。」
「……バーヤから話は聞いている。だからその提案は却下だ。
外に出るなとは言わない、興味を持ち知と経験を得ようとするその姿勢と志は良い。
だが、外でしがらみや厄介事を拾って来るならば、私もゴードン家当主として止めないといけない。
今回は特別に彼を見逃そう、特別に補償はこちらで行おう。だから……今回は諦めるんだ。」
「……当主殿。」
ショーマスが蝋で封をした包みを当主に渡す。
首を傾げてこれは何だと問い掛ける。が、ショーマスは敢えて何も言わずに開封するように目で促す。
「……どこでこれを手に、いや、そもそも、どうやって知ったんだ?」
「それは私の手腕としか……して、当主様、前の件、御再考願えますか?」
「理解しているのか?お前がやろうとしている事は好奇心で絞首刑を己で試すようなものだ。
この先、お前は確実に死ぬんだ。それを理解していて、お前は絞首刑の台に上がって、自分で首に縄をかけるのか?」
当主として、それ以上に親としての心が当主にそれを止めさせる。
ゴードン家は誰も彼もが各々好きにやって良いと、代々そのようにしているが、しかしわざわざ自死をさせる親はいない。
「当主様、それは違います。私は絞首刑の台に向かっているのではありません。前人未到の領域に足を踏み入れているのです。
人と人狼の違いを知り、共通点を知り、解り合う理想の場所へ向かうのですよ。」
「理想だな、あくまで芸術家の描いた絵だ……」
「芸術家の描いた絵は実在する現実を基に描かれるものです。」
「……良いだろう。ショーマス=ゴードンの執事として、彼を迎え入れよう。
ただし、ゴードン家の次期執事として、バーヤの教育は受けて貰う。実力は必要水準まで上げてもらうから、覚悟するように。」
「それは、私じゃなく彼に言わないと。ま、言ったところで言わなかったところでバーヤは手を緩めないが……。」
「……ありがとうございます、当主様。」
「お礼はお前が結果を出してからだ。」
ということで、バーヤが実践経験を積ませつつのスパルタ教育で、貴族の人狼執事が生まれようとしていた。
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