人狼兄弟の近昔話1
昔々……とは言ってもここ10~20年の話。
ある所に人狼の兄弟がおりました。
兄弟に親はおりませんでした。
物心ついた時にはスラム街にいました。
親は産後死んでいなくなったのか、あるいは自分の胎から出でた人ならざる者に恐れをなして捨てたのか、産んだものの持て余して自分だけ魔界に消えたのか、兄弟には解りません。そして、いない親なんてどうでもよいものです。
生きる上で必要なのは食うことと勝つこと。
なんとかして食うものを口にして、人狼を狩ろうとする正義の味方気取りの連中を地面や壁に叩きつける時に必要なのは役立たずの思い出ではありませんから。
兄弟は時に人として、時に獣として、時にそのどちらでもないものとして生き長らえて来ました。
当然、誉められた生き方はしていません。
彼らを見て石を投げる者がいて、金を渡してもパンを寄越さない者がいて、平然と自分達が上だと理不尽を強いる中で、綺麗な生き方は望んでも出来なかったでしょう。
そうしてなんとか生き残り続けた兄弟はある日、転機を迎えます。
それはいつものように人の者を夜闇に紛れて奪おうとした時のこと。
一人が人に捕まったのです。
幾ら強い人狼でも、数の前では無力。
牙を砕かれ、爪を折られ、武器を持った沢山の人に囲まれ、地面に組み敷かれました。
人狼は殺しても構わないので、あと少しで自分は死にます。
兄弟に見捨てられた。
一匹狼の人狼にそんな優しさは期待していません。自分も同じ立場なら見捨てたでしょう。
人に殺される。
暴力で奪ったのだから、傷付けたのだからそれは仕方のないこと。当然の報いです。
それはそれとして、人狼は自分を殺すものを憎悪と殺意の目で睨み付けました。
人狼だからという理由で、無関係な人間から理不尽に憎悪を向けられ、時に殺意を向けられたことを今まで一度も忘れたことはありません。
人として接していた時には笑顔を向けていた人を信頼して、本当の姿を曝した事は一度や二度ではありません。そして、同じ数だけ恐怖の視線と呪いの言葉を向けられました。
選んでもいない人狼だからという理由で迫害された。だから自分の悪行は仕方ない……とは思っていません。
奪い、傷付け、騙し、壊したのは自分の意志、自分で選んだ道です。
自分が餓えないために奪って喰らい、自分が生き残るために相手を傷付け、死なないために騙し、理不尽から逃げるために壊しました。
それは間違いなく自分の意志。
『人狼だから』という理由でそれを行うなら、『人狼だから』という理由で自分を蔑む連中と何ら変わらないのです。
だから、彼は自分の意志で悪の道を歩いたのです。
それはそれとして、最期の最期、憎悪と殺意と呪いの言葉くらいはと思い、周囲にそれらを撒き散らしていました。
それに臆した私刑執行人が処刑を一瞬、躊躇いました。
「待って下さい。」
その一瞬が彼の到着を間に合わせ、その後の様々な運命を変えたのです。
ブックマークありがとうございます。
この世界、同種のシェリー君さえあの有様なので、異種となれば当然の如く闇が一層深い話になります。
二部以降でやる予定は特にありませんが魔が差したらその辺のお話をやります。




