第4話 合格確実を目指して
「……また、B判定」
高校3年生の物部紗耶香は、返ってきた模試の結果を見つめ、ため息をついた。
第一志望の国立房総大学法学部。
以前はC判定から抜け出せなかったことを思えば、大きな進歩だ。
しかし、最近はB判定ばかり。
勉強は毎日頑張っているし、あの恥ずかしい修行だって続けている。
それなのに、どうしてもA判定には届かないのだ。
「はあ……どうすればいいのかしら……」
「紗耶香ちゃん、どうしたの?」
小川奈緒が声をかけてきた。
「えっ? あ、何でもないわ!」
「またB判定だったの? でも、すごいじゃない! 前はずっとC判定だったんでしょ?」
「そうなんだけど……」
「紗耶香ちゃん、最近すっごく頑張ってるもんね!」
「う、うん……」
奈緒はにっこり笑った。
だが、紗耶香には気になることがあった。
以前、校門の前で起きた、あの大事件。
あれ以来、奈緒の視線が妙に気になって仕方ない。
(……やっぱり、変態だと思われているのかしら……)
「……紗耶香ちゃん?」
「ひゃっ!」
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「な、何でもないわよ!」
「……変な紗耶香ちゃん」
奈緒は不思議そうに首をかしげた。
(うう……あのときのこと、忘れてくれないかしら……)
紗耶香は、もう一度深いため息をついた。
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その夜。
「ふむ……合格できそうなところまでは来たが、どうしても合格確実にならんのじゃな?」
夢の中で、在原道真こと在原為過が腕を組んでいた。
「そうなのよ。何としても合格確実まで行きたいのに……」
「お主も頑張っておるのになあ。わしも力を送り続けておるぞ!」
「それは分かってるわ。為過さんのおかげで、ここまで成績が上がったんだもの」
「うむうむ!」
為過は嬉しそうにうなずいた。
「じゃが、合格確実となると、さらに大きな力が必要じゃのう……」
「……やっぱり?」
「それ相応の修行をせんとのう」
「くっ……」
紗耶香は考え込んだ。
今までだって、ものすごく恥ずかしい思いをしてきた。
それ以上の修行となると……。
「こ、こうなったら……ノーブラ……」
「何をするんじゃ?」
「む、胸の下着を着けずに過ごすことよ!」
「ほう……」
為過は、しばらく考え込んだ。
「ふーむ。お主の場合、ほとんど変わらんような……」
どごっ!
「へぶっ!」
為過が吹き飛んだ。
「か、神を叩いたな!」
「な、何よ! この変態爺!」
「わ、わしは事実を申しただけじゃ!」
「なお悪いわよ!」
紗耶香は怒鳴ったあと、ふと自分の胸元を見下ろした。
そこには、どこまでも平坦な水平線が広がっていた。
(くっ……私なんて、ほとんど飾りでブラをつけているようなものだし……確かに、なくても恥ずかしくないわね……)
(……って、自分で納得してどうするのよ!)
しかし、もっと思い切った修行をしなければ、合格確実には届かないかもしれない。
(……こうなったら、別の方法を考えるしかないわね!)
「と、とにかくじゃ!」
為過が慌てて声を上げた。
「わしは、お主に力を送り続ける! お主も勉学と修行に励むのじゃぞ!」
「……分かってるわよ!」
「うむ! では、さらばじゃ!」
白い霧が立ち込め、為過の姿が消えていった。
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翌日。
「……うーん」
紗耶香は、自分の勉強部屋で腕を組んでいた。
(もっと恥ずかしいこと……もっと恥ずかしいこと……)
あれこれ考えてみる。
しかし、なかなか思いつかない。
(今までより恥ずかしいこととなったら、もう……)
「…………」
しばらくして、紗耶香は顔を真っ赤にした。
「……こ、こうなったら……!」
紗耶香は、ブラウスのボタンを一つずつ外していく。
白い肌が少しずつ露わになり、薄い鎖骨が現れた。
シャツを脱ぎ捨てると、薄いレースのブラだけが残る。
カップはほぼ空で、布が平らな胸に軽く張り付いているだけだった。
紗耶香は両腕を後ろに回し、ホックに指をかける。
カチッ、という小さな音。
ブラの留め具が外れると、肩紐がするりと腕から滑り落ちた。
彼女はブラを両手で摘まみ、ゆっくりと体から離した。
ブラを床に落としながら、彼女は自分の胸を見下ろして、小さく息を吐いた。
「……やっぱり、何も無いな」
次にスカートのファスナーに手をかける。スカートを下ろす。
足を一歩ずつ抜きながら、彼女は無意識に両手を腰に回した。いつもの癖で、パンツのゴムを探そうとする。
指が素肌に触れた。
「……あ」
指先が何も掴まずに空を切った瞬間、は小さく息を飲んだ。
「……いつもノーパンにしたんだった」
独り言のように呟いて、彼女は少しだけ口元を緩めた。
「ぜ、全裸学習よ!」
誰も見ていない。
自分の部屋なのだから、誰かに知られる心配もないはずだ。
それでも、ひどく落ち着かない。
「くっ……も、ものすごく恥ずかしいわ……」
紗耶香は参考書を開いた。
(で、でも、これで合格確実になれるのなら……!)
気を取り直し、問題に取りかかる。
最初はなかなか集中できなかったものの、やがて勉強に夢中になっていった。
「……よしっ! 今度こそ、絶対にA判定を取るんだから!」
コンコン。
「ひゃあっ!」
突然、ドアをノックする音がした。
「紗耶香ちゃん! 今、いいかしら?」
「ま、待って!」
紗耶香は大慌てでベッドへ飛び込み、布団を頭までかぶった。
「な、なあに? お母さん!」
「ごめんねえ! お料理していたら、ごま油がなくなっちゃったの!」
「ご、ごま油?」
「すぐそこのスーパーで買ってきてくれない? お料理の途中なのよ!」
「ええっ!? い、今すぐ?」
「お願い! すぐだから!」
「わ、分かったわ!」
母親の足音が遠ざかっていく。
「…………」
紗耶香は布団からそっと顔を出した。
(……ど、どうしよう)
せっかく始めた修行。
できれば途中でやめたくない。
スーパーまでは、歩いてたった二分。
買い物を済ませて、すぐに帰ってくればいい。
(……そうよ! ぱっと買ってくるだけなら……!)
紗耶香はクローゼットを開けた。
そして、丈の長いコートを取り出した。
「……こ、これしかないわね!」
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「ううう……」
紗耶香は、コートだけを羽織って家を出た。
(な、何やってるのよ、私……)
(で、でも、たった二分よ! 二分でスーパーに着くんだから!)
紗耶香は足早に歩き出した。
幸い、通りにはほとんど人がいない。
(よしっ! 大丈夫!)
ところが――。
びゅううっ!
「ひゃっ!」
突然、強い風が吹いた。
紗耶香は慌ててコートを押さえた。
(か、風が強いなんて……!こ、こんな変態すぎる格好を見られるわけにいかないわ)
何とかスーパーにたどり着き、急いでごま油を探す。
「あった!」
紗耶香はごま油を手に取ると、レジで会計を済ませた。
(よしっ! あとは帰るだけよ!)
外へ出る。
家までは、ほんの二分。
(……これなら何とかなりそうね!)
しかし、そう思った瞬間だった。
びゅううううっ!
「きゃあっ!」
再び、猛烈な突風が吹きつけた。
コートが大きくあおられる。
(ま、まずいっ!)
紗耶香は必死で押さえた。
(ぜ、全部は無理! と、とにかく前だけは死守よ!)
しかし、風は容赦なく吹き続ける。
「きゃあああっ!」
一瞬の出来事だった。
そして、ようやく風がやんだとき――。
「……さ、紗耶香ちゃん?」
「…………え?」
聞き覚えのある声がした。
恐る恐る振り返る。
そこには、買い物袋を持った奈緒が立っていた。
「…………」
「…………」
二人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。
「さ、紗耶香ちゃんって……」
「…………」
「や、やっぱり……そういう子なの?」
「きゃああああっ! 違うのよおっ!」
紗耶香の絶叫が、住宅街に響き渡った。
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「た、ただいまっ!」
紗耶香は大急ぎで家に駆け込んだ。
「あら、お帰りなさい! ありがとう、紗耶香ちゃん!」
「こ、これ! ごま油!」
「助かったわ! ちょうどお料理の途中だったのよ!」
「う、うん! じゃあ、私、勉強に戻るから!」
「はいはい。頑張ってね!」
紗耶香は自分の部屋に飛び込み、ドアを閉めた。
「…………」
しばらく、その場に立ち尽くしていた。
やがて、顔を両手で覆う。
「ううう……」
またしても奈緒ちゃんに!
それも、よりによって、あんな状況で!
「……も、もう、絶対に変態だと思われているわ……」
紗耶香はベッドに倒れ込んだ。
あまりにも恥ずかしい。
思い出すだけで、顔から火が出そうだった。
「くっ……あの変態爺……!」
しかし、今回の修行を思いついたのは自分なのだ。
為過を責めたところで、どうにもならない。
「…………」
紗耶香は、しばらく天井を見つめていた。
やがて、むくりと起き上がる。
「……でも」
机の上には、参考書が積まれていた。
国立房総大学法学部。
ずっと目指してきた第一志望。
「……合格するんだから」
紗耶香は、ぎゅっと拳を握った。
「絶対に、合格してみせるんだから!」
そして、再び机に向かった。
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それからも、紗耶香は勉強と修行を続けた。
毎日、授業を真面目に受け、放課後も問題集に取り組んだ。
苦手な分野を何度も復習し、間違えた問題は解けるまで繰り返した。
修行のほうも、誰にも知られないように気をつけながら続けていた。
ただし、もう二度と、あんな格好で外出するのはごめんだった。
(……絶対に、絶対によ!)
そして、次の模試の日。
紗耶香は、いつになく落ち着いていた。
(勉強は十分にしたわ。為過さんだって力を貸してくれている。大丈夫!)
問題用紙が配られる。
試験開始。
紗耶香は英語の長文問題に目を通した。
(……えっ?)
英文を見た瞬間、その意味が頭の中に次々となだれ込んできた。
単語を一つ一つ日本語に訳す必要もない。
今まで勉強してきた単語や文法が自然に結びつき、文章の意味がそのまま理解できるのだ。
(……読める! 読めるぞ!)
(……って、何を言ってるの、私!)
紗耶香は慌てて頭を振った。
(で、でも……すごい! 見た瞬間に意味が分かるわ!)
次の段落に目を移す。
(これも分かる! すごい、今までと全然違う!)
筆者の主張も、文章の論理展開も、驚くほど鮮明に理解できる。
これまで何度も読んできた英文。
覚えた単語。苦労して理解した文法。
そのすべてが、今、一本の線につながっているようだった。
(い、いけるわ! これならいける!)
紗耶香は夢中で問題を解き進めた。
いつもなら時間が足りなくなる長文問題も、今日は余裕を持って解き終わった。
他の科目でも、勉強してきた知識が次々と結びつき、解答までの道筋が見えてくる。
(……すごい)
試験終了の合図が鳴った。
紗耶香は鉛筆を置き、大きく息を吐いた。
(……今までで、一番できたかもしれない)
確かな手応えがあった。
---
数週間後。
「…………」
返却された模試の結果を前に、紗耶香は固まっていた。
何度見ても、同じ文字が印刷されている。
**A判定。**
「……え?」
もう一度、目をこすって確かめる。
A判定。
間違いない。
「……やった」
紗耶香の手が震えた。
「やったわ……!」
ずっとC判定から抜け出せなかった第一志望。
為過に出会い、ようやくB判定まで上がった。
そして今、とうとうA判定に到達したのだ。
「やったあああっ!」
紗耶香は思わず飛び上がった。
周囲の友達が驚いて振り返る。
「紗耶香ちゃん!? どうしたの?」
奈緒だった。
「A判定! 房総大学、A判定になったの!」
「ええっ!? すごいじゃない! おめでとう!」
「ありがとう!」
紗耶香は嬉しそうに笑った。
(……やった甲斐があったわ!)
今までの努力が、ようやく報われた。
もちろん、まだ合格したわけではない。
でも、ここまで来たのだ。
(……為過さん)
あの冴えない田舎の学問の神様。
本当に、こんなにも学力を伸ばしてくれるなんて。
(……ありがとう)
紗耶香は心の中で、そっとお礼を言った。
そして、改めて成績表を見つめる。
「あとは……」
ぎゅっと拳を握った。
「合格を手にするだけね!」
ここで気を抜いてはいけない。
入試本番まで、まだ時間はある。
勉強も、修行も、最後まで頑張らなくてはならない。
紗耶香は、改めて決意を固めた。
絶対に、国立房総大学法学部に合格してみせる。
あの変態爺――いや、頼りになる学問の神様の力も借りながら。
そう心に誓う紗耶香だった。
ちょこちょこ改稿しておりますので、一度読まれた方も違いを楽しんでいただけるとうれしいです。




