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第5話 神様、ありがとう

いよいよ、大学入試当日の朝。


物部紗耶香は鏡の前で制服を整えた。


(勉強はした。毎日、必死に勉強した。)


(全裸学習だって、頑張って続けた。)


(そして、今日もノーパン!)


「…………」


(……あまり意味はないかもしれないけど……)


紗耶香が、背中に手を回しブラジャーを外すと、平たい胸が露わとなる。


(とどめに今日は、ノーブラも!)


ここまで来たのだ。


ずっとC判定だった第一志望の国立房総大学法学部も、今ではA判定。


あとは本番で実力を発揮するだけだ。


(大丈夫。あれだけ頑張ったんだもの!)


紗耶香は鞄を持ち、大きく息を吸った。


(為過さん、力を貸してね!)


「よしっ! 行くわよ!」


勢いよく部屋を飛び出した。


「紗耶香ちゃん!」


玄関では、母親が待っていた。


「いよいよね。落ち着いて頑張ってくるのよ!」


「うん! ありがとう、お母さん!」


「忘れ物はない?」


「大丈夫!」


「それじゃ、いってらっしゃい!」


「いってきます!」


紗耶香は元気よく家を出た。


試験会場には、大勢の受験生が集まっていた。


参考書を読み返している人もいれば、緊張した表情で机を見つめている人もいる。


紗耶香も、さすがに少し緊張していた。


(落ち着いて。今まで何度も問題を解いてきたじゃない)


何冊も解いた問題集。


繰り返し復習したノート。


その一つ一つが、今の自分を支えている。


そして、あの冴えない学問の神様も。


(……為過さん、お願いね)


やがて、試験開始の合図が鳴った。


紗耶香は問題用紙を開いた。


慌てる必要はない。


難しい問題でも、落ち着いて考えればいい。


(……うん。大丈夫!)


紗耶香は、これまで培ってきた力を存分に発揮した。


そして、長かった大学入試が終わった。


合格発表の日。


紗耶香は、自宅のパソコンの前に座っていた。


隣には母親がいる。


「紗耶香ちゃん、まだなの?」


「も、もうすぐよ……!」


胸がどきどきする。


模試ではA判定を取れた。試験本番でも、十分な手応えがあった。


それでも、不安は消えない。


「あっ!」


大学のホームページに、合格者の受験番号が表示された。


紗耶香は、震える指で画面をスクロールした。


「…………」


一つずつ、番号を確かめる。


「……あ!」


あった。


自分の受験番号だ。


「……紗耶香ちゃん?」


母親が心配そうに顔をのぞき込む。


「……あった」


「えっ?」


「合格……」


もう一度、受験票と見比べる。


間違いない。


「合格したああああっ!」


紗耶香は椅子から飛び上がった。


「お母さん! 受かった! 房総大学、合格したわ!」


「まあっ! 本当!?」


「本当よ! ほら、ここ!」


「……よかった……!」


母親は目に涙を浮かべ、紗耶香を抱きしめた。


「本当によかったわね!」


「うん! うん!」


紗耶香も、もう涙をこらえられなかった。


ずっと目指してきた大学に、とうとう合格したのだ。


その後、奈緒にも合格を知らせた。


『紗耶香ちゃん、おめでとう! ずっと頑張ってたもんね!』


嬉しい返事に、紗耶香は思わず笑みを浮かべた。


(……そうだ!)


もう一人、お礼を言わなければならない人がいる。


いや、人ではなくて――。


「……為過さん!」


その日の午後。


紗耶香は、近所の小さな神社を訪れた。


古びた鳥居に、小さな社。


相変わらず参拝客の姿はなく、境内には少し落ち葉が積もっている。


「……もう。またお掃除しなくちゃね」


紗耶香はくすりと笑い、社の前に立った。


賽銭箱に小銭を入れ、手を合わせる。


(為過さん、聞いて!)


(私、国立房総大学法学部に合格したわ!)


最初は、胡散臭い変態爺だと思っていた。


実際、ひどく恥ずかしい目にも遭った。


しかし、為過の力がなかったら、ここまで来られなかっただろう。


(……本当に、ありがとう)


紗耶香は深々と頭を下げた。


「為過さんのおかげよ。ありがとう!」


小さな神社に、静かな風が吹いていた。


その夜。


白い霧の向こうから、見慣れた老人が現れた。


「おお! 紗耶香!」


「為過さん!」


「聞いたぞ! 国立房総大学に合格したそうじゃな!」


「ええ! 合格したわ!」


「おおお! 本当によかったのう!」


為過は両手を広げ、自分のことのように喜んだ。


「いやあ、めでたい! 実にめでたい!」


「……ありがとう」


紗耶香は、少し照れくさそうに笑った。


「くっ……も、ものすごく恥ずかしい目に遭ったけど、合格できたし、お礼は言うわ」


「うむ!」


「……本当にありがとう、為過さん」


為過は、嬉しそうにうなずいた。


「わしのほうこそ、礼を言わねばならんのう」


「えっ?」


「お主が参ってくれて、わしは本当に嬉しかったのじゃ。社の掃除までしてくれたしのう」


「……約束したもの」


紗耶香は、ちょっと照れくさくなった。


「そ、それとじゃな……」


「なあに?」


「よかったら、ほかのおなごにも、この神社のことを広めてもらえるとうれしいのう」


「……はいはい。機会があったらね」


「うむ! 頼んだぞい!」


為過は満足そうに笑った。


しかし、やがて、その表情が穏やかなものに変わった。


「もう会うこともなかろうが、お主の幸福をずっと祈っておる」


紗耶香は、少しだけ寂しくなった。


「……神様なのに、変なの」


為過は、静かに笑った。


「わしは大した力のない神じゃからのう。祈るくらいしかできんよ。では、さらばじゃ」


白い霧が、ゆっくりと立ち込め始めた。


「……為過さん!」


「む?」


「……本当に、ありがとう!」


為過は、嬉しそうに目を細めた。


「うむ。達者でな、紗耶香」


そして、その姿は霧の中へ消えていった。


「…………」


紗耶香は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


やがて、小さく微笑んだ。


「……さようなら、為過さん」


それから、数年後。


国立房総大学法学部の4年生となった紗耶香は、新たな目標に向かって勉強を続けていた。


司法書士試験。


法律の専門知識が求められる難関試験だった。


「……ううう」


机の前で、紗耶香は頭を抱えていた。


手元には、先日受けた模試の結果がある。


C判定。


「……また、C判定……」


毎日勉強している。


参考書も問題集も、繰り返し取り組んでいる。


それなのに、成績が伸びない。


「はあ……どうしたらいいのかしら……」


紗耶香は、深いため息をついた。


「…………」


しばらく、模試の結果を見つめていた。


そして――。


「……はっ!」


勢いよく顔を上げた。


「そういえば、あの神社!」


紗耶香は椅子から立ち上がった。


「あの手があったわ!」


急いで上着を羽織り、家を飛び出した。


久しぶりに訪れた神社は、昔とほとんど変わっていなかった。


古びた鳥居。


小さな社。


そして、積もった落ち葉。


「……相変わらずねえ」


紗耶香は懐かしそうに笑い、社の前で手を合わせた。


(為過さん、お久しぶりです)


(実は、今度は司法書士を目指しているの)


(でも、どうしても成績が伸びなくて……)


紗耶香は、思い切ってお願いした。


(……また、力を貸してくれませんか?)


返事はない。


しかし、紗耶香には確信があった。


(……今夜、会えるわよね)


その夜。


白い霧の中から、懐かしい声が聞こえてきた。


「おお! 紗耶香ではないか!」


「為過さん!」


そこには、昔とまったく変わらない老人が立っていた。


「久しぶりじゃのう! 元気にしておったか?」


「ええ! 為過さんも元気そうね!」


「うむ! わしは神じゃからのう!」


為過は嬉しそうに笑った。


「それで、今度はどうしたんじゃ?」


「実は、司法書士試験で伸び悩んでいて……」


「ほうほう」


「大学受験のときみたいに、また力を貸してほしいの」


為過は腕を組んだ。


「ほっほっほ。では、またたっぷりと恥ずかしいことをしてもらわんとのう」


「……やっぱり~~~~~~っ!?」


紗耶香の絶叫が、夢の中に響き渡った。


今日も神社の境内は、何事もなかったかのように月明かりに照らされていたのであった。

余力が出てきたら、続きを書こうと思っています。お待ち願いまず。

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