第3話 神様がすねちゃった!
コンコン。
「紗耶香ちゃん、入っていい?」
「なあに? お母さん」
ドアが開き、母親が嬉しそうな顔で入ってきた。
「紗耶香ちゃん! これ、見て!」
母親が差し出したのは、小さな錦の袋だった。
「太宰府天満宮の合格祈願のお守りよ! 紗耶香ちゃんが無事に合格できますようにって!」
「わあ! ありがとう、お母さん!」
紗耶香は嬉しそうにお守りを受け取った。
だが、次の瞬間、その顔が曇った。
「……でも、ちょっと……」
「どうしたの?」
「その……いろいろ事情があって、この部屋には置けないの……」
「えっ? どうして?」
「ご、ごめん! おばあちゃんの部屋に置いてくれる?」
「……変な子ねえ」
母親は不思議そうに首をかしげながら、部屋を出ていった。
「ふう……」
紗耶香は大きく息を吐いた。
太宰府天満宮。
よりによって、あの菅原道真公のお守りである。
(為過さん、絶対に気にするわよね……)
嫌な予感がした。
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その夜。
夢の中に現れた在原道真は、ひどく不機嫌だった。
腕を組み、口をへの字に曲げている。
「……為過さん?」
「…………」
「ど、どうしたの?」
「お主ら、わしの力を信じておらんな?」
「ち、違うわよ!」
「よ、よりによって、菅原道真公のお守りじゃと!!」
為過は悔しそうに拳を握った。
「すぐ近くにわしの社があるというのに! わざわざ遠くの太宰府からお守りを持ってくるとは!」
「だ、だから、お母さんが買ってきてくれたのよ!」
「ぐぬぬ……!」
「信じてる! ちゃんと感謝もしてる! でも、お母さんが買ってきちゃったんだから、しょうがないじゃない!」
それでも為過は、すっかりすねてしまっている。
「もう! 我慢してよ! 神様でしょ? わたしは、為過さんのことを一番頼りにしているのよ」
「ま、まことか?」
為過が顔を上げた。
「だって、為過さんのおかげだもの。今度、神社のお掃除だってするわ!」
「……わしの社を?」
「ええ! あんなに落ち葉が積もっているんだもの。きれいにしてあげるわ!」
「ううう……」
為過の目が、みるみる潤んできた。
「すまなかった……わしは、お主の合格を本当に願っておるんじゃ……」
「……分かってるわよ」
紗耶香は、ほっと胸をなで下ろした。
(神様のくせにちょろいわね。でも、悪い神様じゃないのよね。)
「うむ! これからも勉学に励むのじゃぞ!」
「ええ! 絶対に合格してみせるわ!」
「その意気じゃ! では、さらばじゃ!」
白い霧が立ち込め、為過の姿が消えていった。
「……本当に、変な神様なんだから」
紗耶香は、思わず笑みを浮かべた。
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翌日の午後。
紗耶香は、ほうきとちり取りを持って近所の神社を訪れた。
「約束したし、ちゃんとお掃除しなくちゃね」
古びた鳥居をくぐると、境内には相変わらず落ち葉が積もっていた。
「うわあ……結構あるわね」
紗耶香は袖をまくり、掃除を始めた。
参拝客の姿はない。
聞こえてくるのは、時折響く鳥の鳴き声だけだった。
(そういえば、為過さん、久しぶりにお参りに来てくれて嬉しかったって言ってたわね……)
こんな小さな神社で、ずっと参拝客を待っていたのだろうか。
「……よしっ! きれいにしてあげなくちゃ!」
紗耶香は、張り切ってほうきを動かした。
やがて、一時間ほどが過ぎた。
「ふう……こんなものかな?」
落ち葉のなくなった境内を見渡し、紗耶香は満足そうに笑った。
「うん! きれいになったわ!」
掃除道具を片付けると、小さな社の前に立った。
賽銭箱に小銭を入れ、そっと手を合わせる。
(為過さん。いつもありがとう。)
目を閉じる。
(これからも、一生懸命勉強するからね。)
そして、顔を上げた。
「……絶対に合格するからね!」
紗耶香はもう一度丁寧に頭を下げ、家路についた。
誰もいなくなった小さな神社。
その境内には、静かな午後の日差しが降り注いでいた。




