第2話 神様のご利益は本物!?
「うう……」
物部紗耶香は、玄関の前で立ち尽くしていた。
いつもと同じ制服。いつもと同じ鞄。そして、いつもと同じ自転車。
ただ一つだけ、決定的に違うことがあった。
「ほ、本当に、このまま学校へ行くの……?」
昨夜、夢の中で出会った学問の神、在原為過。
あの胡散臭い神様は、恥ずかしいことをすれば学力を伸ばしてくれるという。
(だ、大丈夫よ。誰にも分からないんだから……)
紗耶香は自分に言い聞かせ、自転車にまたがった。
「ううっ……サドルが恥ずかしい場所に食い込むわ……」
普段なら気にも留めないことが、今日は妙に気になる。
しかも、よりによって風が強い。
びゅうっ!
「きゃっ!」
慌ててスカートを押さえる。
(ま、まずいわ! 絶対に見られてしまうわけにはいかないのよ!)
慎重に自転車を走らせ、何とか学校にたどり着いた。
「はあ……はあ……」
いつもの通学だけで、すっかり疲れ果ててしまった。
「くっ……あの変態爺……。これで本当にご利益がなかったら、絶対に許さないんだから……!」
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「紗耶香ちゃん、おはよう!」
教室に入ると、友人の小川奈緒が声をかけてきた。
「お、おはよう、奈緒ちゃん……」
「どうしたの? なんか今日はそわそわしてるけど、大丈夫?」
「えっ!?」
紗耶香は思わず飛び上がった。
「だ、大丈夫よ! 全然、何ともないわ!」
「……そう?」
奈緒は不思議そうに首をかしげた。
「もしかして、今日のテストが心配なの?」
「そ、そう! そうなのよ!」
「紗耶香ちゃん、昨日も頑張ってたもんね。きっと大丈夫だよ!」
「う、うん……ありがとう」
何とかごまかせた。
(ああ……もう。心臓に悪すぎるわ……)
やがて、一時間目の日本史のテストが始まった。
紗耶香は問題用紙に目を通した。
(……あれ?)
昨日、参考書で勉強したところだった。
(これ……昨日やった問題とほとんど同じだわ!)
覚えたはずなのに、試験本番になると思い出せない。
今までは、そんなことがよくあった。
ところが、今日は違う。
昨日ノートに書いた年号も、人物の名前も、驚くほど鮮明に思い出せる。
(……これも分かる!)
次の問題も、その次の問題も。
(何だか、今日は妙に調子がいいわね……)
紗耶香は首をかしげながら、答案を書き進めた。
試験終了。
(……ほとんど書けちゃった)
偶然だろうか。
それとも――。
(ま、まさかね……)
紗耶香は半信半疑のまま、答案を提出した。
ところが、その直後だった。
「あっ!」
時間割を見た紗耶香の顔から、血の気が引いた。
(し、しまった! 今日、体育があるんだった!)
普段なら何でもない体育の授業。
しかし、今日に限っては大問題だった。
(ど、どうしよう……。更衣室なんて……!ノーパンなのに……)
しばらく頭を抱えていた紗耶香だったが、やがて決心した。
(そ、そうよ! 先に着替えちゃえばいいんだわ!)
大急ぎで荷物を持ち、トイレへ向かう。
幸い、まだ誰もいなかった。
紗耶香は個室で手早く体操服に着替え、何食わぬ顔で体育の授業に向かった。
「……ふうっ」
どうにかなった。
(きょ、今日は危なかったわ……)
こんな生活を、一週間も続けるのだ。
考えただけで、気が遠くなりそうだった。
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それから一週間。
紗耶香は、誰にも秘密を知られることなく、何とかノーパン修行を乗り切った。
そして七日目。
「それじゃあ、先週の日本史のテストを返すぞ」
先生の声に、紗耶香は思わず背筋を伸ばした。
(お願い……!)
返ってきた答案を、恐る恐る裏返す。
「…………え?」
目を疑った。
いつもより、十点以上も高い。
しかも、間違えた箇所を確認すると、以前なら思い出せなかった問題まで正解している。
「……上がってる」
もう一度、点数を見る。
間違いない。
「ほ、本物だったのね……!」
紗耶香は答案を胸に抱きしめた。
あの胡散臭い、冴えない田舎貴族。
まさか、本当に神様だったなんて!
(や、やったわ!)
嬉しくて、思わず頬が緩んだ。
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その夜。
「おお! お主じゃな!」
夢の中で、例の老人が嬉しそうに手を振っていた。
「為過さん!」
「どうじゃ? わしの神力を思い知ったか?」
「すごいわ! ただの変態爺かと思ったら、本当に神様だったのね!」
「お、お主……全然信じておらんかったのじゃな……」
為過はがっくりと肩を落とした。
「い、今は信じているわよ!」
「ふん。まあ、よいわい」
「それで……このまま続ければ、大学に合格できるかしら?」
「ふむ。わしには、お主から確かに力が送られておる」
「本当?」
「うむ。ただし、わしが引き出せるのは、お主が勉強して身につけたものだけじゃ。日頃の努力を怠ってはならんぞ」
「任せてよ!」
「うむうむ。その調子で励めば、きっとよい結果になるじゃろう」
これで、ようやく為過のご利益を信じることができた。
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それから、しばらくして。
いよいよ模試の日がやってきた。
紗耶香は鏡の前で制服を整え、大きく息を吸った。
「よしっ!」
今日のために、勉強は十分にしてきた。
苦手科目も何度も復習した。
そして、ノーパン修行だって続けている。
「……大丈夫。きっと大丈夫よ!きょ、今日も履いていないのよ!」
ところが、その日は朝から猛烈な風が吹いていた。
びゅうううっ!
「ひゃっ!」
紗耶香は慌ててスカートを押さえた。
(ま、また強風……!)
模試の日なのに、どうしてこんな天気なのだろう。
それでも、学校までたどり着けば何とかなる。
そう自分に言い聞かせ、紗耶香は懸命に歩いた。
やがて、校門が見えてきた。
(もう少し……!)
そのときだった。
びゅうううううっ!
「きゃあっ!」
突然、猛烈な突風が吹きつけた。
スカートが大きくあおられる。
(ま、まずいっ!)
紗耶香は必死になって押さえた。
(ぜ、全部は無理! と、とにかく前だけでも……!)
しかし、風向きが変わった。
「きゃああああっ!」
ようやく風がやみ、紗耶香はほっと息をついた。
だが――。
「さ、紗耶香ちゃん……」
背後から、聞き慣れた声がした。
「…………え?」
恐る恐る振り返る。
そこには、目を丸くした奈緒が立っていた。
「い、今の……もしかして……お尻を丸出し……?!」
紗耶香の顔が、一瞬で真っ赤になった。
「い、言わないでえええっ!」
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模試の開始時刻が迫っていた。
(ううう……)
紗耶香は机に突っ伏したくなった。
あんな大失敗をしてしまうなんて。
しかも、よりによって奈緒ちゃんに。
(も、もう、お嫁に行けない……)
思い出すだけで、顔から火が出そうだった。
しかし、いつまでも落ち込んではいられない。
今日は大切な模試なのだ。
(そ、そうよ! 勉強の成果を出さなくちゃ!)
紗耶香は問題用紙を開いた。
最初は数学。
(……えっ?)
問題を読んだ瞬間、頭の中に解法がほとばしった。
以前なら考え込んでしまった問題なのに、答えまでの道筋がはっきりと見える。
(こ、これ……解けるわ!)
次の問題に目を移す。
(……これも!)
これまで勉強してきた公式や解法が次々と結びつき、難問の解き方まで浮かんでくる。
(す、すごい……! 何なの、これ!?)
紗耶香の鉛筆が、猛烈な勢いで走り始めた。
一問、また一問。
難しいと思っていた問題が、次々と解けていく。
(い、いけるわ! これならいける!)
試験終了の合図が鳴るころには、見直しまで済ませていた。
(……うそ)
こんなに余裕を持って数学の試験を終えたことはなかった。
紗耶香は答案を見つめ、思わず笑みを浮かべた。
(……もしかして)
今朝の、あの大事件。
あれほど恥ずかしい思いをしたのだから、為過にはものすごい力が貯まったのではないだろうか。
(……ま、まさかね)
しかし、否定することもできなかった。
実際に、今までとは比べものにならないほど頭が冴えているのだから。
(……すごいわ、為過さん!)
紗耶香は、続く科目にも全力で取り組んだ。
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数週間後。
「……えっ?」
返却された模試の結果を見て、紗耶香は目を見開いた。
**B判定。**
間違いなく、B判定だった。
「や……やった……!」
何度見ても変わらない。
ずっとC判定だった第一志望の国立房総大学法学部。
それが、ついにB判定になったのだ。
「やったわ! やったあ!」
紗耶香は思わず声を上げた。
もちろん、まだ合格が決まったわけではない。
しかし、今までの努力が、ようやく目に見える結果になった。
(……ありがとう、為過さん!)
紗耶香は心の中で、あの冴えない神様にお礼を言った。
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その夜。
「いやあ、驚いたぞ!」
夢の中に現れた為過は、いつになく上機嫌だった。
「何が?」
「いや、あの日は突然、すさまじい力が湧いてきてのう!」
「…………」
「いったい何があったのじゃ?」
「……そ、それは……いろいろあったのよ……」
紗耶香は目をそらした。
「ふむ? まあ、よい。それで、試験の結果はどうじゃった?」
「B判定になったわ!」
「びいはんてい?」
「合格できそうって意味よ!」
「おお! そうかそうか! そんなによい結果じゃったのか!」
為過は自分のことのように喜んだ。
「よかったのう! 本当によかった!」
「……ありがとう、為過さん」
紗耶香は、少し照れくさそうに笑った。
「でも、私だって勉強はちゃんとやっているのよ!」
「当たり前じゃ! 神頼みなんてダメ人間のすることじゃ!」
「……神様がそれを言っていいの?」
「……ほ、ほっほっほ! とにかく、また会おう! さらばじゃ!」
為過は慌てたように手を振った。
次の瞬間、白い霧が立ち込め、その姿はあっという間に消えてしまった。
「……もう!」
きっと、さっき、ごまかしたわね。紗耶香は、思わず吹き出した。
本当に、変な神様だ。
でも、あの神様のおかげで、第一志望の大学が少しずつ近づいてきた。
(よしっ! この調子で頑張るわよ!)
紗耶香は、改めて勉学に励み、ノーパンを続ける決意を固めたのであった。




