第7話:恐ろしい力
ルキエルに案内してもらった『魔法実験室』。
重厚な鉄の扉を押し開けて足を踏み入れた魔王は、その広大な光景に目を見開いた。
(……いやー、これって部屋なの??)
天高く積み上げられた漆黒の石壁に、どこまでも広がる空間。部屋の中には、巨大な岩石や荒々しい木々が至る所に転がっている。
「さて……とは言ってもさ」
だだっ広い空間の真ん中で、魔王はぽつりと呟いた。
「魔法って、どうやんの……?」
さすがに今さらルキエルを呼び戻して「魔法の使い方が分かりません」と尋ねるわけにもいかない。
(はぁ……まあ、誰も見てないし、適当に手でも振って魔法使ってるフリして時間を潰すかあ……)
諦めて手頃な岩の前に立ち、適当にポーズを取ろうとした——その時だった。
「…………なんもおこんね」
(まあそりゃそうだよなあ…………)
どかっと魔王はその場に座り込んだ。
(そもそも、わしって本当に魔王なんかなあ。そう言われればそうの気もするし、そうじゃない気もする…………)
魔王は自らのことを改めて自問自答し始めた。
今朝目が覚めてから、今まで、ずっとルキエルに言われるままに仕事?に追われてきていたので、改めて自分の境遇を見つめる時間ができた。
「本当に魔王ならすげー力がないとやばいんじゃね!バーンって魔法おきろよバーンって!」
立ち上がって両手を大袈裟に振り上げたが、あたりはシーンとするばかりだった。
もう一度座り直す魔王。
気持ちだけ魔法の練習をするために、手を振り下ろすが、やはり何も起きない。
(はあ…………。俺もう魔王でもなんでもないっしょ。なんか周りの魔人さん達とも意見が違うしなあ。絶対勇者に勝てっこないって俺は思うんだけどなああ)
魔王は広い空間に残されて、ただただ逃げ出したいと思った。
(ああ、そういやさっきのあのシビル?って占い師?なんか気になること言ってたなあ……。世界のシステムがどうとか?」
その言葉がやけに耳に残っていた。
(なんとか会えないかなぁ)
だがルキエルがやけに嫌っていたことを思い出す。
何か曰くありげなのは間違いないだろう。
そろそろ手を振る作業も飽きてきたので、この先どうしようかと考えていた時だ。
『——唱えよ』
(っ……!?)
頭の中に、直接響き渡る謎の声。
驚いて周囲を見回すが、当然誰もいない。
声は脳裏に直接、明確な言葉を刻み込んでくる。
頭の中に、突如として見たこともない古代の言葉と文法が浮かんできた。
まるで身体が最初から覚えていたかのように、魔王の唇が勝手に動き出す。
「——|《Hringum》、|《Aseog》、|《Eled》、|Adilgi」
その瞬間、自分の内側から何かの塊が湧き起こり、そのまま腕から手を通って外へと出ていった。
——ズズズズズズ……ッ!!!
魔王の足元から十数メートル先にある巨大な岩石の周りに、目も眩むような漆黒と緋色の魔法陣(円形)が鮮やかに浮かび上がった。
「え?」
魔王が間抜けな声を漏らした直後、大気が激しく歪む。
——轟音。
魔法陣から、天を突くほどの超巨大な業火の柱がドカンッと吹き荒れた。
猛烈な熱風と衝撃波が実験室全体を吹き荒れ、魔王の髪と服が激しくたなびく。
目が眩むほどの爆光が収まり、黒煙が薄れていくと——
「…………は?」
そこにあったはずの巨大な岩も、周囲に生い茂っていた頑丈な魔界の草木も、影も形もなく消え去っていた。
残されていたのは、まるで最初から何もなかったかのように、綺麗に円形にくり抜かれて燃え尽きた地表だけだった。
完全に「消滅」していた。
(……な、なんだこれ……!?)
魔王は己の手を見つめ、呆然とした。
よくわからない言葉を紡いだ後に、引き起こされた、あまりにも規格外で理不尽な破壊力。
(やば……やばすぎるだろ……)
圧倒的な魔王の【力】。
あまりにも非現実的な力の前に、真っ当な感情が停止してしまった。
(確かに……こんな力を持っていれば、たかが人間が勝てるはずがないって、みんなが思うのも無理ないわ……)




