第6話:ザビルの甘言
「それでは、失礼いたします」
ルキエルが退出していき、大広間には魔王ひとりが取り残された。
「……で、魔法の実験の時間なわけだけど……」
魔王は玉座の上で、ぽつりと呟いた。
(実験室って……どこにあるんだ……?)
そう、一人でやれと言われても、この巨大で迷路のような魔王城のどこに実験室があるのか、案内なしではさっぱり分からないのだ。
結局、行き場を失った魔王は、ポツンと玉座に座ったまま途方に暮れるしかなかった。
(はぁ……俺、マジで無力だな……)
だだっ広い天井を見上げながら、魔王はぼんやりと自分の不甲斐なさを噛み締めていた。
(思い返せば失態だらけだ……。俺みたいなのが魔王なんてやってるから、みんなに迷惑がかかるんだよな……)
沈む思考のなかで、ふと先ほどルキエルが言っていた言葉が頭をよぎる。
(……ピピンって奴、魔王の座を狙ってるんだっけ……?
……じゃあさ、もういっそのこと、あいつに魔王の座を譲っちゃった方がみんなハッピーなんじゃないか?
どうせ、勇者との勝負もどう考えても勝てっこないんだし……な)
本気で「魔王譲渡計画」を考えはじめ、現実逃避の思考に没頭していた、その時だった。
「……魔王様、私をお待ちでしたでしょうか?」
「うわああああっ!?」
突如として足元の影から現れた人影に、魔王は情けない悲鳴を上げて跳び上がった。
見るからに妖しい紫のローブを纏っている。
深くかぶったフードのせいで顔は良く見えないが、唇が大きく微笑をたたえいたので、それがより一層恐怖を引き立てた。
「えええええ!?」
「失礼。影の渡り術で少々お邪魔いたしました。……して、魔王様。
先日の『あのお話』について、ご決断はお決まりになりましたかな?」
突然現れた女は薄笑いを浮かべ、魔王の顔を覗き込んでくる。
(え、あのお話……? なにそれ知らん怖すぎるんだけど! ていうかこの人どなた!?知り合いっぽいけど!!)
魔王が冷や汗を流しながら言葉に詰まっていると、大広間の扉が開いた。
「失礼いたします魔王様。そういえば実験室の場所ですが、お分かりになりますか……?」
部屋を出たはずのルキエルが、心配そうに戻ってきたのだ。
そして次の瞬間、ルキエルの視線が魔王のすぐそばに立つザビルを捉えた。
「……ザビル!なぜお前がここに!」
ルキエルの声から一瞬で感情が消え、冷えた殺気が玉座の間に満ちた。
「お前には魔王様への謁見禁止命令が出ているはずだ。
それどころか城内への立ち入りすら制限されている身で、何をしている……ッ!」
「おっと、怖い怖い」
ルキエルは激怒し、手にした羊皮紙の束を握り潰さんばかりに拳を震わせている。
そのあまりの剣幕と恐ろしい魔力の圧に、魔王は「ひえっ」と声を漏らして玉座で縮こまった。
(な、なにこの空気!? ルキエルちゃんマジでキレると一番怖いんだけど!? 殺される、巻き添えで死ぬ……!!)
「屁理屈を……! 近衛兵!ここに!」
ルキエルがそう叫んだ瞬間、ザビルはすっと身を翻し、影の中へと沈み込み始めた。
「フフ、野蛮な参謀殿のお邪魔が入っては叶いませんな。……では魔王様、また改めて。……次に二人きりになれた時こそ、『システムの終わり』についてお話しいたしましょう」
「……え?」
ザビルの残した謎の言葉に、魔王は思わず耳を疑った。
(システムの終わり……? )
あまりにも不穏で、そして今の魔王にとって、ザビルは完全に姿を消した。
「——近衛兵!!何をしている!!」
ルキエルの雷のような怒号が再び廊下に響き渡った。
慌てて駆け込んできた数名の近衛兵たちに対し、ルキエルは容赦のない叱責を浴びせる。
「警備は何をしているのですか! あの女が易々と、あろうことに魔王様の御前に侵入するなど、万死に値する大失態です! 直ちに原因を調査しないさい!」
「は、ははっ! 直ちに!!」
青ざめた近衛兵たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく。
(システムの終わり……システムの終わりってなんだよ……。あいつ、一体何を知ってるんだ……?)
カンカンに怒っているルキエルの横で、魔王はその頭から離れない頭痛の種に、ますます頭を抱え込むのだった。




