第5話:魔王様なのですか?
荒れ果てたメンタルを抱えたまま、魔王は玉座へと戻っていた。
息を吐く暇すらない。
昼食の時間になれば、ずらりと並んだ幹部や給仕たちに四方八方を囲まれ、監視されているかのような重苦しい雰囲気の中で食事を流し込む。
それが終われば間髪入れずに兵士たちの訓練視察へと引っ張り回され、とにかくずっと誰かと一緒だった。
まったく心が休まる瞬間がない。
「……次はなに?」
心身ともにすり減らした魔王は、隣に控えるルキエルへ疲弊した声をかけた。
「魔法の実験の時間でございます」
「ああ、そうなの。じゃあ行こうか」
半ば機械的にそう言って立ち上がる魔王。
しかし、ルキエルはその場から動こうとはしなかった。
「いえ、私はまいりませんが」
「え? そうなの?」
思わず聞き返すと、ルキエルは至極当然といった様子で頷いた。
「はい。魔王様は魔法の実験の時間だけは、いつもお一人でなさいますので」
「あ、ああ、そうだったそうだった! いやあ記憶がねえ、はははまさにその魔法の時間にねえ……」
引きつった笑顔で誤魔化しながら、魔王は心の中で冷や汗をダラダラと流していた。
(……でもなんだか本当に魔法の実験が原因のような気がしてきたなぁ?
なんか一人でヤバい魔法実験でもして自爆したんじゃねえかな?)
「……魔王様」
ルキエルの声が、いつも以上に低く重く響いた。
「本当にあなたは、魔王様なのですか?」
——ギクッ!!!
魔王の心臓が、跳ね上がり一瞬止まったかとさえ思った。
全身の血の気が一気に引き、背筋に氷を押し当てられたような戦慄が走る。
(ややややっぱりそうなのかなあ!!!????わしが魔王って、なんかどう考えてもおかしい気がするし。。。でもそうだった場合は、わしって嘘をついていることになるんだよねえ。そうなったら何されるかわからんし、とりあえずここは延命処置だ!)
魔王は必死で冷や汗を押し殺すと、精一杯の威厳を込めてルキエルを見下ろした。
「…………ルキエル。余の真偽を疑うか?」
空間が一瞬で凍りつく。
魔王自身は内心で「頼むから騙されてくれ!」と悲鳴を上げていたのだが、その必死さが奇跡的に「深淵のような冷酷さ」となってその場を支配した。
「はっ……! し、失礼いたしました……ッ!!」
ルキエルは顔面を蒼白にさせ、弾かれたようにすぐに頭を下げる。
「滅相もございません! 滅私奉公を誓う身でありながら、過日の事故によるお痛ましさゆえに……愚かにも不躾な疑問を口にしてしまいました! いかなる罰も受ける所存にございます……っ!」
冷酷な眼光に射抜かれたルキエルには、目の前の存在がどうしようもなく「本物の魔王」そのものに見えていたのだ。
「……ですが魔王様、どうかこれだけはお心に留めておいてくださいませ」
ルキエルは頭をさげたまま、顔を少しだけ上げて真剣な眼差しを魔王に向けた。
「12魔人筆頭ピピン殿は、常に虎視眈々と『魔王の座』を狙っております。
先ほどの一件で魔王様への不信を深めた彼は、近いうちに必ず何らかの行動を起こすでしょう。
あのお方は我が軍最高の魔力を誇る危険人物……どうかくれぐれも、お気をつけくださいませ」
(えっ、あのちびっ子、魔王の座を狙ってるの!? 怖すぎだろ……!!)
内面の動揺を必死に押し殺し、魔王は重々しく頷いてみせた。
「……ふむ。余の敵ではないが……心しておこう」
「はっ。それでは失礼いたします」
ルキエルが立ち去り、ひとり残された魔王は、緊張の糸が切れたように深く息を吐き出した。
「ふー、よかったよかった……」
命拾いした安堵感と、ピピンという新たな脅威への恐怖に、魔王はただただ胸を撫で下ろすのだった。




