第4話: はくっ……!?
(これってガーゴイルだなあ。やっぱり動くのかなあ。多分勇者が来たら動くんだろうなぁ)
暗く長い廊下。
どこまでも続く闇の中で、魔王は必死に現実逃避をしていた。
先ほどまで行われていた御前会議での失態を恥じてのことである。
誰もが自分を異物でも見るような目で見ていた。
(……でも俺、おかしいこと言ってないじゃん?)
胃のあたりを重苦しい徒労感が支配していた。
後ろからは、相変わらず無表情なままの参謀ルキエルが、足音も立てずにぴったりと従っている。
魔王は振り返るのが怖かった。
(……怒ってるのかなぁ。やっぱ……怒ってるんだよなあ)
後で玉座で二人きりになるのが恐ろしい。
心の中で深いため息をついていた、その時だった。
前方から、静かにこちらへ向かって歩いてくる二つの影があった。
先頭を歩く人物は一切の声を発さず、無言のまままっすぐ魔王を見据えている。
(……ん? なんだアレは……?)
魔王は真顔のまま首を傾げ、じっとその影を注視した。
後ろに従っているのは、妖艶な笑みを浮かべた12魔人のベネデッタただひとり。
(ああ、あのロリっこは、さっきの会議にいた子だ。確か12なんちゃらとか言って強いはず……で、もう一人は……?)
魔王の頭の上に、大きな疑問符が浮かび上がる。
(え……何この子? 派手な衣装を着た子供……だよな……?
もしかして、誰かの連れ子か何かがお城に紛れ込んじゃった感じ……?)
背が低く、大人用の豪華で派手な貴族服を無理やり着込んでいるせいで、裾を引きずらんばかりである。
それにどことなく妙に顔つきだけが大人っぽさがある。
(さっきいたピピンっていうやつと似てるなあ。あのやたら高圧的で偉そうな奴。ロリっこもずっと一緒にいたしなあ)
「おい魔王……」
と、そのちびっ子が神妙に話しかけてきた
どことなく偉そうな態度はやっぱりピピンに似ているが、話しぶりなどは全く違う。
「一体なんだ……先のあれは?」
(あー……なるほどね! こいつ、ピピンとかいう奴の弟か何かじゃね? 兄ちゃんのマネして背伸びしたくて、黙ってついてきちゃったんだ)
魔王は先ほどまでの沈んだ気分を吹き飛ばすような、親しみやすい「優しい大人」の笑みを浮かべた。
(この偉そうな態度はそっくりだ。でもいきなり『魔王』だなんて生意気だなあ。よーし、ここは大人の余裕を見せつつも、教育だな☆)
と魔王は能天気なことを考えながら、てくてくと歩いてきたその人物の前で膝を折り、目線を合わせるようにしゃがみ込むと、ポンと優しく手を差し伸べた。
「どうしたんだ僕ぅ。大人に向かって『魔王』だなんて呼び捨てはダメだぞぅ!」
「………………………………は?」
ちびっ子の歩みが、完全に停止した。
後ろに従っていたベネデッタも、目を見開いたまま石のように固まる。
「ま……魔王様……っ!?」
後ろに控えていた参謀ルキエルも、聞いたこともないようなかすれた動揺の声をあげた。
いつも冷静なルキエルですら、あまりにも失礼すぎる魔王の言動に、顎が外れそうなほど驚愕し、血の気を引かせている。
「え? いや、だって。こんなちびっ子には、ちゃんと教育をしないとね。大人として」
「ちっ……ちび……」
石のように固まっていたベネデッタの顔が真っ青になり、今にも卒倒しそうだ。
(何を……何を言っておられるのですか魔王様っ! ピピン殿に向かってちびっ子だなんて……!)
ルキエルが魔王だけに聞こえるよう、緊迫した声で囁いた。
「……え? ピピン?」
魔王はそっと振り返る。
額に置いた手のひらの下では、ちびっ子こと12魔人筆頭であるピピンの顔が、蒼白から「無」の極地に至っていた。
その身からあふれ出す殺気と魔力が、一瞬だけ廊下の空気を激しく振動させた後、あたりは静寂に包まれた。
「……ふ、ふふふふ……くくく……っ、はくっ……!?」
(はくっ!?)
思わず魔王はピピンの咳き込むような言葉を繰り返した。
「いや、その……気づかなくって。いや、ちょっとわし最近ね、ほら、ね? 記憶が悪くってねー」
「そ、そうですピピン殿! 魔王様は新しい魔法の実験で一時的に記憶が混濁されているのです!」
(ルキエルちゃんナイスアシスト! さすが有能!)
魔王は心の中で全力のグーサインを送った。
「時が来たようだな……」
その声は、まるで地の底から響いてくるようであった。
「え?」
(時が来たって、なんだろう? ランチの時間かな?)
「お前と、俺の決着をつける時だ」
ピピンの目からは黒い炎が湧き立っていた。
そしてマントを腕で振り払うと、そのまま踵を返した。
「ベネデッタ、ゆくぞ!」
「は、はい!」
ベネデッタもまた、魔王に信じられないものを見るような視線を残し、慌ててその後を追っていく。
白く凍りついた廊下に、静寂が戻ってきた。
「……あ」
怒り狂って去っていく背中を見送りながら、魔王はしゃがみ込んだまま固まっていた。
そして、横で頭を抱えて震えているルキエルの青ざめた顔を見て、ようやく事態の狂いように気づく。
やってしまった。
(うわああああっ! マジでどうしよう!? 予期せぬところで最強クラスの敵を作っちゃったんだけど!? 勇者に殺される前に、身内に背中から刺されて死ぬやつじゃんこれーーーっ!!)
心の中で絶叫しながら、魔王は自分のあまりの運のなさと迂闊さに、本格的に途方に暮れるのだった。




